店主日記
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もしもだよ
2025年06月01日
10日前のこの店主日記に書いた。妻の墓石のまわりに花園ができていたって。それがいちにちで消えた。今朝、その花園をこしらえていた同じ花が3輪ほど咲いて風に揺れていた。私は山野草を見ると写真に写したくなる。スマホで写していると、どこかで誰かが言う言葉が聞こえた。「奥さん幸せだね」
妻を人に語る時、時々言われる言葉がある。奥さん幸せだねって。先日も、病院のベッドの脇のテーブルに立てかけた妻の小さな遺影を見て看護師さんが言った。奥さん幸せだね、と。今でもこうして・・・と。私は、人は死んでしまったら何もかもなくなってしまう、そんなふうに考えている。だけどもし、もしも千の風になってあの大空を吹き渡っているならば、照れながら微笑んでいるのだろうな。そう思う。
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放浪人生
2025年05月29日
定休日には仕事がよく入る。朝一番で玉湯町のアパート案内を終えた。カメラを積んで事務所を出発したのが9時50分。安来市の道の駅「あらえっさ」を目指した。そこに併設してある売店「なかうみ菜彩館」でキャベツを買う目的だ。農家直送で、その玉太りに惚れている。
車は米子市を南下した。日南町に向かったが、途中、気が変わって奥出雲町の横田にハンドルを切った。ラジオの電波が届かなくなったのでCDの音楽に替えた。つづら折れの山道でペドロ&カプリシャスからグレープの声に変わった。「精霊流し」「無縁坂」「縁切寺」が連続する。何度も何度も繰り返し聴いた。なぜかこの曲を聴くと、知らぬ間に涙がこぼれてくる。だから聴きたいのかもしれない。
横田駅に着いた。5年前の記憶にたどり着いた。子供たちが家を出て初めての一人暮らしの正月がやって来た。2020年の正月元旦だ。朝のトーストパンを食べ終えて車に乗った。どこに向かおうかと迷ったが、奥出雲町に向かい始めた。仁多を通り、横田に入った。人の姿など、見当たらない。どの家も、所狭しと車が並んでいた。里帰りした家族とそろっての正月の団らんが見えそうだった。
いつの間にか、横田駅に着いていた。駅のホームに佇んだ。列車も見えないが遠くの山々が薄っすらと雪をかぶって寒そうだった。夜行列車、急行「ちどり」で夜中にこの駅を列車で通過して広島市をさ迷った高校生時代の放浪癖を思い出した。なぎさ、誕生日おめでとう。俺はこれから放浪人生を送るよ。山々を見ながら、そうつぶやいた記憶が蘇ってきた。
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夕日
2025年05月26日
松江生協病院の4階東病棟の病室からは朝日が見える。夕日は見えない。だが、夕日は斜め前にある茶色いマンションを黄金に染める。それを見ていると、以前何度も見た宍道湖に沈む夕日の記憶が蘇ってくる。いつか店主日記に使おうと金色に輝くマンションをスマホに収めておいた。
時々、娘が孫の成長を記録した写真をラインで送ってくれる。それをスマホの写真庫に納めている。仕事の合間や、夜酒を飲んでくつろいでいる時眺めている。孫って可愛いものだと思う。その内の3枚をA3のコピーペーパーに写して事務所の壁面に張り付けた。来客が、「お孫さん?可愛いねえ、おじいちゃんに似てるね」と言ってくれる。その一言が嬉しい。
てな訳で写真庫を時々覗く。孫の写真と私が写したものが交互に現れる。そう言えば、この頃夕日の宍道湖見に行かないなと思った。あんなに足繁く通っていたのにあの風景にもう飽いたのだろうか。いやいやそんなことはない。日本の風景100選なんだよ。松江の誇りだよ。10月になって、秋の澄み渡った空気の水平線に沈む夕日は格別だよ。
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春眠暁を覚えず
2025年05月24日
昨夕、帰り道のコンビニで数種類の缶ビールを買って帰った。発泡酒は冷蔵庫に置いてあるけれど、今日のこの日は良いビールを飲もうと思った。シャワーを終え、仏壇の遺影を食卓に置いた。ふたりのコップにビールを注いだ。祥月命日に落ち着かなかったから月命日の今日乾杯しようね。向き合って話そ。そう言って乾杯した。
ふたりの出会いの日のこと。何通の手紙が行き来したのだろう、文通時代のこと。鳥取駅の改札口で待ち合わせたこと。観音院で抹茶を頂いたこと。お父さんに挨拶に行って最初は断られたこと。結婚式のこと。子供たちと遊んだキャンプ場。プールや海。喧嘩しながらした仕事。新婚旅行以来初めて行ったふたりだけの萩旅行。それぞれの懐かしさが走馬灯のように流れていった。
安心したのだろうか、昨夜はよく寝た。今朝も7時半に目覚まし時計が鳴った。時計の頭のスイッチをポンと押す。5分後に再び鳴り出す。またポンと押す。何回繰り返したのだろう、よく眠った。時間が無くなって、サラダとミルクだけの朝ごはん。春眠と言うには時期が遅すぎるかなと、そんなことを思った心安らかな朝だった。
写真は広瀬町布部交流館に展示してあったもの。
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月命日
2025年05月23日
先月の今日の朝、公園墓地で妻の墓石のすぐ近くにご主人の墓石を持つ女性と出会った。お久し振りですねとの挨拶から、今日は妻の命日でねって話してみた。「祥月命日ですか?」との質問。え、祥月って何ですって言って恥ずかしくなった。恐らく私が言おうとしている年1回の命日のことだろう。そう、私は本当に無知なのである。
この頃、妻のことを深く強く思ってしまう。どうしてだろうと先日から考えていた。そして今日その理由が分かった気がした。あの日、命日の気分にとっぷりと浸りたかったのにそれができなかった。あくる日の朝からの入院のことが気になっていた。妻と落ち着いて向き合えていなかった。だから今日の月命日の夜、命日の気分にとっぷりと浸ろうと思う。先日、仕事の賞品で頂いたQUOカードを使って美味しい酒を買って帰ろうと思っている。な、なぎさ、ふたりで乾杯だよ。
写真は、松江生協病院の4階の私の病室から日の出前の風景を写したものだ。歳を重ねる度に気持ちは繊細になって?・・・1週間の入院中、眠れなくて、夜明けが待ち遠しくて、朝焼けに染まろうとしているのが嬉しくて。ついついスマホでパシャリ。