店主日記

  • 中国やまなみ街道 2025年05月16日

     昨日、お客様との打ち合わせのために広島県に向かった。いつもの出勤時間の1時間余り前に事務所を出発した。三刀屋町で尾道松江線に合流し、後は一直線だ。平日の朝とあって、行き交う車は少ない。スピードメーターの誤差を考えて、スピード違反で取り締まれぬほどの制限時速を多少オーバーしたスピードで走った。車の進行は快調だった。

     

     約束の時間の30分前に指示された尾道市の道の駅「クロスロードみつき」に着いた。おや、ここは以前1回ほど訪れたことがある。はて、いつだったか。だれか隣の助手席に座っていた記憶があった。尾道に住んでいた娘ではない。もっとそれ以前の記憶だ。それ以前の記憶と言ったら。

     

     あの時だ。まだ尾道松江線が全線開通していない時、妻とふたりで尾道観光にやって来たんだ。帰り、道の駅があるよ、寄ってみようよということになった。そうだ、あの時の記憶だ。あの時の記憶が蘇ってきた。尾道の港町で尾道ラーメンを妻とふたりで食べたんだ。その時を回想しながらひとり道の駅に佇んでいた。しばらくして駐車場に入ってきた車の中で中年の男性が手を振っていた。

     

     尾道市から四国の今治に向かう有料道路を「しまなみ海道」という。尾道松江線を「やまなみ街道」という。打ち合わせ終わってやまなみ街道を帰路に着いた。道の駅「高尾」を過ぎたあたりから急に疲れを感じた。出張して今日は何日目なんだだろう、疲れはそんな錯覚をもたらした。いやいや、今朝出発したんだろ。

     

     遊びの時は疲れなど感じない。帰りはいつも満足感に浸るのだが今日は違った。家に帰ってシャワーを浴びるのがやっとだった。夕ご飯を食べるのがやっとだった。焼酎のお湯割りが身にも心にも染みた。仕事に緊張するか、あるいは楽しむかによって、体や心に受ける影響は全く別のものらしい。

  • 清水寺 2025年05月13日

    アジサイ 今日の火曜日と明日の水曜日は月一回の連休だ。昨夜の天気予報で今日は午前中家にいようと決めた。目が覚めると爽やかに晴れ渡っていた。早速布団を天日干しした。シーツを洗濯機で洗った。久し振りにこんな作業をする。衛生的にも良くないと思うのだが、男やもめにウジが湧く。

     

    モミジ 3時間半、昼になって布団は取り込んだ。どこかに行ってみよう。明るい昼間は心も現実的だ。我が家は、妻の思い出が多すぎる。思い出が強すぎる。思い出が深すぎる。だから寂しくなる。と、いたたまれないから昼間は外出することにしている。夜になると心も別の動きをするらしい。とばりがそうさせるのかもしれない。我が家は安らぎの場所に変わる。

     

     そんな訳で安来市の清水寺に行くことにした。信心がある訳ではないが、あの雰囲気が好きなのだ。だから神社仏閣には好んで行く。駐車場からほんの少し歩いたところにアジサイの木が数本あった。後いくつ日にちを重ねたら花になるのだろう。精進料理店の建物の前に新緑のモミジが青空に映えて美しかった。参道ですれ違う年配の女性が会釈をくれた。

  • ただただまいったまいった美保関 2025年05月11日

     昨日の強風で事務所周辺が荒れた。今朝出勤してきてひどいと思った。クスノキの葉っぱと、松の茶色い雄花が散らばっていた。交差点の歩道までも汚していた。早くきれいにしたいと思った。9時から始めて、休み休みだったのでその作業は午前中を要した。

     

    美保 こんな非日常的なことをする時には妻の顔が浮かんでくる。妻の声が聞こえてくる。「ええ加減でええんちゃう」と言っている妻の声が聞こえてくる。そしてふと、現実の我に帰って考え込んでしまう。どうして私はこんな運命なんだろう。楽しかったのに、これから良い人生がとそう思った矢先だった。どうして私はこんなに寂しいのだろう。

     

     だが懸命に耐えようとしていた。頑張ろうとしていた。負けちゃあいけない、そう思って生きてきた。そんな私が今朝の作業で思ったことがある。そうだよな、「ええ加減でええんちゃう」だよな。今からは、愁いをぷんぷんさせて生きていく。堂々と、愁いをぷんぷん匂わせて生きていく。もう、頑張ろうと思わない。

  • 結婚記念日 2025年05月08日

    水道完成記念 美保関には新婚当時、妻とふたりで良く訪れた。美保神社参拝用の無料駐車場に車を停めると、海の向こうに大山の雄姿が神々しく見えていた。その姿に同じ風景を見ることはない。それぞれの日に、何かしら新しい発見をさせてくれて感動したものだ。車のドアを開けるのをしばし待ちながら、その雄姿に二人して見惚れるのが常だった。

     

     昨夜、刺身など食べる習慣がない私が奮発して醤油の小瓶とチュウブ入りの山葵とマグロのブロックを買ってきた。魚を切り分けて大きめの皿に乗せた。ひとりでは多すぎると思いながら、でも平らげた。どうして刺身を買う気になったのだろう。どうして今日はあんなにも寂しかったのだろう、その原因を突き止めたかった。

     

     焼酎のお湯割りをひとり楽しむのはもう慣れた。巨人阪神戦のテレビ中継が始まった。スポーツ好きな私がなぜか今夜はプロ野球に熱中する気にもなれなかった。そんな折、ふと思った。忘れてる。結婚記念日を忘れている。だから今朝急ぎ出勤して来た。そして妻の日記を見た。やはり今日だった。母に贈るんだと言って妻が選んだ母の日の日曜日、あの日は今日のように良く晴れた5月8日の日曜日だった。

  • こいのぼり 2025年05月07日

     大型連休は仕事した。今日の水曜日の定休日は休むことにした。いつものようにぶらっとドライブだ。来週は息子の見舞いに出雲市に行きたいので今日は反対の東に向かうことにした。橋北の同業者に届け物を終え、さあ出発だ。まずは道の駅「本庄」を目指すことにした。

     

    こいのぼり 道の駅に併設されたコンビニで冷たい缶コーヒーを買った。再び車に乗ろうとすると、駐車場からいつものように中海の向こうに、車のテレビコマーシャルで有名になったベタ踏み坂が見えた。この橋と、道の駅に立てられたこいのぼりとのコントラストは面白いのかもしれない。望遠系のズームレンズで切り取ってみた。

     

     その後、美保関の無料駐車場に車を停めた。霞みがかった大山を眺めた。そうしていると、寂しくてしょうがない気がした。そんな自分に気が付いた。なぜ今日はこんなにも寂しいのだろう。不思議な気がした。妻が亡くなってもう7年余りが経つのに妻のいない寂しさが込み上げてきた。青石畳通りを散策するが両足に歩く力が湧いてこない。どうしてだろ。体力がまだ完全に復活しないから?。それともステレオから妻に似た山本潤子氏の歌声が聞こえていたからか?。

     

     その後当てもなく妻の車は走り続けた。来生というものがあるのなら、もし生まれ変われる何かがあるのなら。・・・そんなある人との先日の会話を思い出していた。私はもう二度と生まれ変わることなんかしたくない。もし、又こんな悲しくて寂しくて辛い人生が来るという可能性がちょっぴりでもあるのなら、私は二度と生きたいなんて思わない。生命なんか二度とほしとは思わない。そう思いながら車を走らせた。そう思うことで少しだけど、心の辛さがが和らいだ気がした。

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