店主日記

  • 奥出雲町へ 2025年11月27日

     銀行での、月末の支払いなどで出発が遅れたけれど、奥出雲町に向かった。安来市の国道9号線から広瀬町へ向かって布部ダムを通って奥出雲の亀嵩に入った。そして直ぐのところに道の駅「酒蔵奥出雲交流館」がある。民間施設をどうして道の駅と名付けるのか分からないが、そこでいつもの「D269」(どぶろく)を買った。

     

     そこを後にして、三成駅に向かった。まだ幼いころ、県庁に用事のある父に付いてこの駅から松江市に向かって行ってこの駅に帰ってきた。母に連れられてこの駅から母の郷に向かってこの駅に帰ってきた。村の牛を市場に運ぶための列車への加工する父の手伝いをこの駅でした。思い出がいっぱい詰まった三成駅なのである。

     

     今そこに観光協会が設けられていて、ちらっと噂で聞いた小学校の統合の話を確認してみた。今、新しい学校の建設工事が続いているらしい。我が三沢小学校はなくなっていく。思い出がまた一つ、減っていく。

     

     昨日はそれだけで奥出雲町を後にした。国道314号線を三刀屋町に出て54号線の道の駅「さくらの里きすき」に寄った。ここのコンビニで缶コーヒーと海苔巻きを買って遅い昼食を摂った。助手席の遺影の妻に話しかけた。大きな目的もなかったけれど、今日は楽しかったね、って。

     

     そして夜、ひどく疲れた気がして早くに布団に入った。でもなかなか寝付けない。11時に再び起きて焼酎のお湯割りを2杯飲んだ。12時になったので朝が飲酒運転になったらまずいと思って目覚まし時計を8時にセットしなおした。したがって今朝は着替えて顔を洗っただけで出勤してきた。

     

     9時ちょうど開業時間に事務所に着いた。土地売買の決済日の朝なのにこんなにのんびりと。案の定すぐに電話が鳴った。買主から送金完了だと。売主に着金の確認依頼し、3者で現地立ち合い。なんだかんだとお昼前。もう今日はぐったり、まだ半日もあるのに。

  • 懐かしさが恋しくて 2025年11月25日

    清水 先日の3連休は働いた。事務所前の県道を行き交う車を見ていたらうらやましくもあった。いいな、休みの人は、と、この歳になってなおも拗ねる自分がおかしくもあった。明日は水曜日で我が社の定休日、自分のために精一杯楽しもうと思っている。奥出雲町に行きたいな。どこへ行こう、何かをしようといった目的もない。ただ懐かしさに浸りたい。

     

     三沢小学校は合併されるらしい。中学校は遠に合併されて今はない。私の育った家も、今兄嫁が一人暮らしなので行けやしない。思い出が少しずつ減っていく。だから奥出雲町に行っても話す人もいない。わずかに遠い親戚があるだけだ。

     

     でも、行くと心落ち着く。今駅舎もない三成駅に立ち寄ってみるつもりだ。駅が道の駅風になっていて、野菜やらが売れている。隣に観光協会がある。ブラっと立ち寄るのが楽しみだ。一番の思い出が詰まっているのはここ三成駅だ。亀嵩道の駅「酒蔵奥出雲交流館」にも寄ろうかな。D269(どぶろく)、買おうかな。

  • 寒い朝 2025年11月23日

     事務所前を箒で掃き清めた今朝、手の指が冷たくて痛い。事務所のバックヤードの流し台で、瞬間湯沸かし器から出てくるお湯を当てて指先を温めた。2~3年前からこうするようになった、今は、自らの体温だけでは指先にそのぬくもりは供給されなくなった。

     

     インスタントコーヒーを入れて、接客カウンターのお客様側に座った。ガラス越しの、朝日が背中に暖かい。しばらくこの席で、コーヒーを楽しむことにした。なんて気持ちがいいのだろう。とてもインスタントコーヒーとは思えないふくよかな味がして、昔、西田佐知子さんが歌った「コーヒールンバ」が聴こえてきて心地よかった。

  • いい夫婦の日 2025年11月22日

    紅葉 なぎさ、今日は何の日だと思う。いい夫婦の日だよ。11月22日、語呂合わせでいい夫婦の日なんだって。ほら、何年前だったか俺が松江市役所に行って、用事終えたら玄関先でインタビューされたって言ったろ。そして何人かがテレビ見たよって言ったあの日のことだよ。

     

     「今日はいい夫婦の日です。日頃奥様をどう思われているんですか」って聞かれたと思う。だから、私たち夫婦は自営業だからふたり一緒に働いている。良く協力してくれるから感謝してる、ってそう答えたと思う。まさか愛してるとは言えないからね、そのように答えたと思う。

     

     もう、20年も前の事だよね、開業して間がない時だったから。俺インタビューされるまで、今日がいい夫婦の日だなんて知らなかった。あの日初めて聞いた言葉だった。でも今日は俺たちの日なんだって、そう思った。今もそう思っている。俺たち、いつまでもいい夫婦なんだと。

  • 嗚呼、疲れたな 2025年11月20日

     午後もバタバタと忙しかった。疲れた時によく聞く歌がある。神野美伽さんが歌う、「手紙」だ。悲しいけれど、忘れていいよって歌だ。一部歌詞を紹介しよう。

     

    「もしもボクが 死んだなら 君をひとり 残したら

    悲しいけれど 少しずつ 忘れていいよ ボクの事」

     

    「もう一度 君に 会えるなら もう一度 君と暮らせたら

    悲しいけれど 少しずつ 忘れていいよ ボクの事」

  • また落ち葉 2025年11月20日

    松葉 くどいと思われるかもしれないが、また落ち葉の話になる。今朝も、昨日入り口に貼った「定休日」の張り紙を剥がそうといつもより1時間早くに出勤してきた。その目的もあるが気になっていたのは、先日の荒天で駐車場に散乱した松葉掃除だ。

     

     出勤してすぐに始めてから、もちろん休憩をはさみながらだが、2時間半の時間を要した。足は棒になって膝はがくがくになって腰はひりひりと痛み出した。もう20年余りの年月、年に十数回この作業を続けている。そして思う。松江市の場合、賃貸物件に対する草木の関係は、草は借主木は家主の責任が通念だ。

     

     では、落ち葉はどうか。木から落ちた物だから当然家主の責任だ。今は良い。私が居るから動けるから。だけど3年先はどうなるか。この木の責任は、当然対応していただくよう交渉を迫ってやろう。証拠写真は撮っておいた。話が通じなければ、私の得意な出るところに出ようじゃあないか。もうぼちぼち、怒り心頭に達してくるかもしれない。そしてでもさ、って思う。人はここまで来なければ、他人の気持ちは分からないものなのだろうか?。責任を感じないものなのだろうか?。

  • 明泉寺のイチョウの木 2025年11月19日

     定休日の今日、8時に目覚めて、そろそろ起きなくちゃあと思っていたのに、再び目覚めたのが9時。こりゃあ大変だと、昨夜作っておいた卵サラダを食パンに塗って、牛乳で流し込んで、急いで服着て車に飛び乗った。さあ出発だ。

     

     息子は相変わらず身体拘束されていた。可哀そうで、心が痛んだ。でも今のところどうしようもない。後髪引かれるようだったが、出雲市の病院を後にした。朝、出かけようとした車の中、お客様から電話があって、2時までには帰るからと伝えてあったので、時間に少し余裕がある。遠回りで帰ろう。

     

    明泉寺のイチョウ 立久恵峡を通って須佐神社横を通って峠を超えて掛合町に入った。すぐそこに、息子が入所していた施設がある。妻と何度、この道を車で走ったのだろう。そして行きには息子も乗っていた。懐かしい、懐かしすぎるこの道を今私は走っている。

     

     やがて左手に明泉寺のイチョウの木が見えてきた。なんて美しいのだろう。お寺の前の駐車スペースに車を止めた。8割どころの葉は散っていた。散った葉は、お寺の庭の地面を黄金色に染めていた。なんて神秘的なんだろう。なんて美しいのだろう。

     

     もう帰らなければ2時になってしまう。国道54号線に出た。ステレオのボリューム上げて、グレープが歌う「精霊流し」を聴いた。歌の最後に、こんな歌詞がある。

     「人ごみの中を縫うように

     静かに時間が通り過ぎます

     あなたと私の人生をかばうみたいに」

     

     そしてこの歌を聴く度に、妻と私の人生を思うのである。帰り道にある黄色く染まったイチョウの木を見る度に、より強く思うのである。

  • 冬になったね、でも 2025年11月17日

    枯れ葉 ある人に依頼されて、郊外の空き家になっている民家を訪ねて行った。家っていうのは、空き家になったらすぐ朽ちる。ちょうど近所の人が道端にいらっしゃったので、話を聞かせてもらった。気さくな年配の男性だった。あの家も、この家も空き家なんだとか。わしん家も、わしら夫婦が後何年生きれるのやら。

     

     公図を見ても、現地を見ても、私の力では何とも致しがたい。そう悟った。依頼者に、何と言って説明しよう。朝は綺麗にした事務所前、朝以上に枯れ葉が重なり合っていた。立冬から一週間余り、すっかり冬になったもんだねと心沈んだ。

     

     でも、駐車場の車から、3人が降りてきて、先日はお世話になりました。何もかも解決いたしましたと丁寧にお礼を言われてしまった。障害を持つ息子さんの、住まい探しのアドバイスをして差し上げただけなのに、ご丁寧に3人でお礼に見えた。人っていいな。冬の次は、必ず春が来るんだよ。

  • 愛してる 2025年11月14日

    大山 キャビネサイズの妻の写真を、事務所のパソコンデスクのパソコンの横に立ててることは、以前この店主日記に書いた。今朝もそうしようと、リュックに入った写真を手に持った。その時、誰かが話しかけてきた。どうしてそうするんだい、って。そりゃあ、恋女房だからさ、と即座に答えた。

     

     先日義弟と、妻が好きな歌手は「野口五郎」だったという話を思い出した。ユーチューブで「私鉄沿線」を聴いた。いつの日かのドライブで、妻と二人でカーラジオから聴いた私鉄沿線、あの日の記憶がさっきの事のように蘇ってきた。あ、野口五郎だと、にっこりした妻の笑顔が浮かんできた。

     

     会いたいな、と思った。そう思った瞬間、寂しさに心が耐えられなくなってきた。淹れたインスタントコーヒーもそこそこに、車に飛び乗った。どこへ行こう、とりあえず国道9号線を東に向かおう。知らぬうちに、中海半周して帰ってきた。そしたら、少し落ち着いた。

     

     時々こんな日がやって来る。月に2~3度ほど、こんな気持ちがやって来る。もう、妻が逝って7年と半年が過ぎたのに、こんな気持ちの日がやって来る。私は今でも、あの頃のように、妻を愛し続けているんだなと、そう思った。そして、そう思うことが嬉しかった。

  • 清水さん 2025年11月12日

     今朝は早く起きて長距離ドライブしようと思っていた。尾道市にしようかそれとも鳥取市にしようか迷っていたが、起きてから考えればいいや、そんな気持ちで昨夜は寝た。ところが、遅くまで寝てしまって、しょうがない、近場にしよう。

     

    紅葉 この季節は安来市の清水寺に行きたくなる。妻と秋遅くに行った思い出の記憶が強いからかもしれない。銀杏の木があって、その実が落ちていて、それを誰かが踏んで、帰りの車中、あの独特に匂いが車中にこもった。そして、君が踏んだんだろうって妻のせいにして、コンビニの駐車場で確認したら、私のせいだった。

     

     今日もあの時のように、紅葉がきれいだった。駐車場は平日なのに、思いのほか車が多かった。到着して、しまったなと思ったが引き返すのももったいないなと、歩くことにした。参道は、長いのぼりや階段になっていて、良い運動になるが、息が上がる。

     

     一番上部にある本堂に到着した。威風堂々としたこの姿に、いつ来ても感動する。だからだろう、私は若い時から神社仏閣が好きでよく訪れる。だが信心はない。感動が好きなのだろう、妻との出会いもこの感動にあった。だから今日も妻に話しかけるのである。ほら、あの日の銀杏の木だよ。

  • 街路樹 2025年11月08日

    紅葉 写真は、私の通勤路の、ある交差点だ。もう紅葉が始まっていると何日か前、運転席からスマホで撮ったものだ。夏は葉を茂らせて日陰を作り、秋にはいち早く紅葉の素晴らしさを見せてくれて、冬は落葉して太陽の光を届けてくれる。素晴らしい街路樹の風景だ。

     

     昨夕、鍋料理を仕込みながらテレビを見るでもなく見ていた。アナウンスが今日は鍋の日ですと言った。ほう、俺は鍋の日に鍋を作っている。と、妙に感心した。そして、作業を進める。鶏のもも肉を1センチ幅にスライスする。これをフライパンでこんがりと焼く。鍋に入れると柔らかくて旨くなる。旨味が閉じ込められるのだろうと思う。

     

     昨夜の鍋の味を思い出しながら、台所で朝の食器を洗っていた。ここに立つと、いつも思う。俺はひとりなんだねって。どうしてなぎさは先に死んでしまったんだろう。どうして俺はこの若さでひとりぼっちになってしまったんだろう。今朝は、殊更に強く、寂しさを感じてしまった。はらはらと、落ち葉舞う季節だからだろうか。

  • カセットボンベ 2025年11月07日

     今朝、ホームセンターでA4のコピーペーパーを買った。事務用品はいつもこの店で取りそろえることにしている。ついでに、カセットボンベも買った。支払いの時、ポイントカードを示す。このカード、妻が自分で自分の名を書いたもの、いまだに懐かしく使っている。

     

     今晩は鍋料理にしようと思っている。先日の定休日、「道の駅本庄」で立派な白菜を買ってきた。鶏のもも肉も冷蔵庫の中に、つくね団子も豆腐も買っておいた。リビングのテーブルに、卓上コンロを置き、鍋が煮立つあの音を聞いてると、寂しさの心が和らいでくれる。湯気の向こうに妻の顔が見えてくる。

  • カメムシ 2025年11月06日

     一昨日、事務所の玄関横のコンクリートの上に仰向けになったカメムシを見つけた。平らな部分だからカメムシの手足はばたつかせてもどこにも届かない。このままじゃあ死んでしまう。可哀そうだったので、近くに飛んできていた落ち葉を横においてやった。そしてそれをつかみ、カメムシは立ち上がった。よっぽど苦しかったのだろう、立ち上がったまま、動かなくなった。

     

    カメムシ 一日置いて今朝、何気なくガラス戸を見たらカメムシがつかまっていた。背中の模様が同じだから、同一個体なのだろうと思った。しばらくはそこにじいっとして事務所内をのぞき込んでいる。お礼に来たのだろうか、救ってくれてありがとう、と。

     

     同じく一昨日、取引先のあるアパートのオーナーが売り土地を持ってきてくれた。その日と昨日とで、物件調査を終えて今日から営業しようと思ってその準備をしていた。まだネットに出すつもりはなかったが、印刷のため、ちらっとネット公開した。そのちらを見て、以前取引したお客様から電話があって売れた。

     

     ふと思った。カメムシが手引きしてくれたのだろうか。助けてくれたお礼だよと、土地が売れるように手引きしてくれたのだろうか。まさかそんなこと、あるはずがないのだが、あまりにも二つの事柄の日付時間が一致しすぎている。だから、きっとそうだよと思いたくなった。

  • 大山が霞んで見えた 2025年11月05日

    大山 もっと寝ようと思っていたのに、今日は早く目覚めた。昨日の朝はあんなに眠かったのに、今朝は気持ちよく目覚めた。定休日にはどうしてこうも早くに目覚めるのだろう。部屋に掃除機かけ、近くの郵便局で毎月月初めにある支払いを終え、墓参を終えて書類を取りに事務所に行った。昨日市役所に物件調査に行ったのに、一つ確認漏れがあって今朝再び市役所に。今までこんなミスなかったのに、トホホだ。

     

     仕事終えて、美保関に行くことにした。限られた時間しかないときにはよく美保関に向かう。どうしてかわからない。大山を眺めて、青石畳み通りを歩くと、何となく心落ち着く。わび、とか、さび、とか、千利休じゃあるまいし、そんな心が私にあるわけじゃあないが、だが、しっとり感は心打つから、この小道を歩くと何となく落ち着く。

  • 甘い涙 2025年11月04日

     朝の一仕事終えたら昼が近くなっていた。事務仕事だけど、かなり根を詰めたらしい、疲れを感じた。安らぐためにパソコンを覗いた。何気なく、ドキュメントを開いた。妻が亡くなって次の正月、妻の友達から妻名義の年賀状が届いた。そしてやっと妻の死を知らせることができた。そして来た手紙に、お礼の返事の手紙を出した。その手紙の文面が、ここにストックされていた。

     

     ちょうど今日の朝のNHKラジオの冬休み子ども科学相談で、このように回答者が答えていました。「涙を流すことは、気持ちを和らげる効果があるんだよ」。確かにそうなんだなと、思うこの頃です。そんな一文を交ぜていた。そしてこうも思った。子供の頃、喧嘩に負けた悔し涙はしょっぱかったけど、妻を思う涙は甘いんだな、と。

  • 秋の菜菜御膳 2025年11月02日

     10時半、兵庫県の但馬から、妻の妹夫婦と弟が3人でやって来た。事務所で少し話してから、墓参に向かった。7回忌から初めてだから、1年半ぶりに会うことになる。皆が少しずつ歳を取り、それなりの見栄えになってきた。

     

    御膳 墓参を終えてから、宍道湖を眺めながら食事ができる、「ふじな亭」に行った。秋の菜菜御膳を4人前、注文した。話は、妻の思い出話に移っていく。生活様式が、妻の実家風に変わっていったこととか、歌手は誰と誰が好きだったとか、そうそう、と私たちの接点は多かった。

     

     食事終えて、山陰合同銀行の屋上展望室に向かった。東側の街の風景を眺め、そして宍道湖が一面に広がる西側のフロアに移った。太陽が宍道湖を照らし、浮かぶ雲の形がそのままそこだけ、湖面のまぶしさを和らげていた。こんな風景も面白いと思った。感動する、義弟の顔を見るのが嬉しかった。

     

     今、たまたまNHKの朝の連続ドラマで、「ばけばけ」の放送をしている。そのせいか、いつもは見ない来客の姿が多かった。昨日も冷たい雨だった。今日は風は強かったが晴れて暖かだった。運が良かったのだろうか、それとも妻のおかげだろうか。なぎさ、有難うな。

  • 東京ららばい 2025年11月01日

     明日は妻の妹弟夫婦二組が墓参にやって来る。先ほど、雨の合間を縫ってお墓に花を生けてきた。なぎさ、久し振りに君の妹と弟に会えるよ。楽しみだね、と言って生けてきた。ついでに、先日きれいにした墓石周辺の草をよりきれいに刈ってきた。

     

    新聞 昨日は寒かった。事務所のエアコンが朝から閉店まで作動した。今日は昼から消した。一人の事務所は色々なことが頭に浮かぶ。考えればよく働いた。15歳の年から働いて1年ほどのブランクがあって、また働いた。60年間働きづめだ。じっと手を見る。「楽になったかい。いや、しんどいよ。夢は?。先は暗いね」。

     

     数年前から、家賃保証、というアパート入居の仕組みができた。その審査は甘くない。高齢者や、障がいのある人、生活弱者の方々の入居が難しくなった。先日の松江市議会議員さんとの話の中で、ある人とラインの交換をすることにした。そしたら写真の資料を送ってくれた。

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