店主日記

  • 左利き? 2020年09月30日

     先日ネットで仕入れた2個用のボールケースを持って宍道湖ボウルに行った。大会などには出ない私だから、スペア用のボールは必要ない。けど、どうしてもふたつが必要だという思いに先日からなっていた。ひとつは、サウスポータイプのボールとシューズである。

     

     明日から酒類の税金が変わる。ビールの税金が下がって、発泡酒などの税金は上がる。安価な発泡酒で、日常を楽しんでいた庶民泣かせと言うものであろう。比較的高所得で、抵抗なくビールをたしなんでいた人たちには好都合だ。弱い者いじめとは、こんなことを言うのだろう。僅かばかりの抵抗で、発泡酒1ケース買っておいた。

  • おや、どうして 2020年09月28日

     先日、どこだったか忘れたけど、入り口のガラス戸に映った私のジーパン姿、ちっとも似合わないのに気が付いた。あれ、どうしてだろうとさほどに気にはしていなかったけど、昨日鏡を見ていて分かった。お尻の筋肉が欠けているからだと分かった。お尻がそぎ落ちている。ショックである。

     

     私のジーパン歴は65年以上。削られた山肌を体育座りで滑り降りる。そんな場所を私の田舎では「ハゲラ」と言っていた。ひとりで遊ぶには格好の場所だ。だけどズボンをよく破いた。母が縫っても縫ってもよく破いた。たまらず母が買ったのが繋ぎのジーンズだ。まだ4~5歳。私のジーンズデビューだ。

     

     プリンとしたお尻を作らなきゃ。運動しなきゃあカッコよくジーパンは履けないよともう一人の私が言う。そうだよな。じゃあスクワット運動でもしようか。仕事しながらできるじゃないか。そうしようそうしよう。私のジーパン年齢はまだ30歳。

  • カフェ・シエル・ブルー 2020年09月26日

    ブルー

     カフェ・シエル・ブルーさんがオープンした。住所は松江市上乃木5丁目10-31。立地は国道432号線と接している。松江の人なら、上乃木三差路付近と言えば誰でもわかる場所だ。店主は中年の男性でこの道の経験は豊富。人あたりも円熟さを醸している。明るい雰囲気に仕上がっている店内は開業日とあって、いつものメンバーとアルバイトの女性が二人手伝っていた。

    ブルー2

     

     店主の自信作は食事物。松江ならではのメニュー、カツライス。そしてオムライス。昔懐かしいナポリタン。日替わりメニューの数種類のパスタなど、種類も多い。ティータイムには焼き立てのワッフルもおすすめ。

     

     私の人生にもモラトリアムな時代があった。人生って何だろうって思うことがあった。その追求のために、定職を持たず、食べていくためのフリーターをしばらく続けた。お金になることならなんでもしたが、喫茶店でのバイトが長かった。最初は皿洗いから始まって、ホールボーイになり、カウンターではコーヒーも点てた。

     

     そんな経験もあって、喫茶店には興味がある。今、喫茶店と言う名は少ない。みんなカフェと名付けているが、あの頃の喫茶店には人が溢れていた。モーニングセットを食べながらの談笑で店内はざわめいていた。良き時代だった。カフェ・シエル・ブルーさん、あの頃の賑わいを取り戻してほしい。 

  • 何もかもが同じ 2020年09月24日

     温泉津

     彼岸の中日であり、妻の月命日と定休日が一緒になった。4年前だったか、妻と二人で行った温泉津の温泉街の散策がしたいと思った。朝の日課の墓参を済ます。3日前に替えた花がしおれている。帰りに新しいのに生け替えるから。約束通り、温泉津一緒に行こうな。

     

     西田地区にあるヨズクハデを見た。観光協会でしばらく資料を見学した。そして温泉街を歩く。4年前のあの時と同じ歩調で歩く。町並みは、何も変わっていない。コロナ禍のせいなのか、人っ子一人歩いてはいない。スマホをカメラがわりに歩く女性の旅人を見た。あの人も私と同じく、思い出に浸っているのだろうか。それとも、知らない町の散策だろうか。

     

     港の突端に行ったのも、あの日と同じ。同じように4~5人の釣り人がいた。何もかも同じだ。すべてが同じだ。マーケットの女性の笑い顔まで同じ。観光協会の明るく話す女性の声までも同じ。何もかもあの時と同じ。違うのは、私の隣に妻がいないだけ。

  • 今日から4連休 2020年09月19日

     巷は今日から4連休。私には無関係だけど、連休の人がうらやましいなんてことは思わない。コロナ禍の中でもあるのだし、連休を喜ぶ年齢でもない。そう思いながらいつものようにいつもの時間に墓参したら多くの人がいた。いつも私一人なのに、多くの人がいた。そうか、今日は彼岸の入りだ。

     

     この頃の山陰中央新報の読者の投稿欄、「こだま」に国政のことに関する投稿が多くなってきた。安倍総理ご苦労さんもあれば、批判する人もある。国政に、多くの人が関心を示しだした証なのだろう。いいことだと思う。人任せだった国政が国民のもとに帰ってくる。

     

     国勢調査の回答をパソコンでした。6項目目に配偶者の有無がある。離別か死別かを選択するようになっていた。どっちでもいいじゃないかと思うが死別にカーソルを合わせる。瞬間いろいろな思いが蘇る。せっかく心安らかだったのに。

  • 艶歌 2020年09月18日

     先日の定休日に古本を片付けた。テレビの横に置いてある末娘の小さなステレオ装置も事務所に持って行こう。事務所でBGMとしてフォークソングを流そうと考えた。運んで、スイッチを入れた、CDの取り出しボタンを押した。一枚のCDが出てきた。何だろうと思う。末娘が好きな「嵐」かなと思った。ちょっと聴いてみよう。

     

     なんとである。流れてくる曲は艶歌だ。テレサテンが歌っている。中条きよしが歌っている。西田佐知子が歌っている。前川清が歌っている。西島三重子が池上線を歌っている。こんな曲末娘が聞くわけないし・・・。そして思い当たることがあった。

     

     私がボウリングに行っている1時間の間、妻はひとりの部屋でこの艶歌を聴いていたのではないか。艶歌になじまない私に遠慮して、この曲をひとり聴いていたのではないか。思えば、妻の性格は艶歌が似合うのかもしれない。私より、男前だとよく言われていた妻。車の中で、もっと自由に艶歌を聴かせてやりたかった。・・・昨日はいちにち中、このCDを聴いていた私なのである。

  • やっと少しずつ 2020年09月17日

     やっと少しずつ家にある不要なものを整理する気持ちになった。昨日の定休日は、読まなくなった本の整理をした。ホームセンターで、組み立てれば箱になる段ボールを買ってきた。とりあえず、文庫本だけでもと箱に詰めていった。私が持ち上げられる程度の重さをひとつの段ボール箱に収めた。6箱必要だった。それを車に積んで市役所の古紙回収場所に持って行った。

     

     思えば、妻と二人してよく読んだものだ。私が買って読んだものはほとんど古本屋に持って行った。僅かなお金に替えて次読む本を買っていた。昨日処分したのは全部妻のものだ。妻が読んだ後私が読んでいた。同じ本を読む。そんなところにも、ふたりの相性の良さが表れている。今になってそう思う。・・・かあちゃん、これ処分するよ。いいね。それからかあちゃんが学生時代に読んだ哲学書や専門書、俺には読めないけど、これは思い出に置いとくね。かあちゃんの青春が詰まってるものな。

  • あ、クモがいる 2020年09月14日

    クモがいる

     

     昨夜は寒いぐらいの気温だった。毛布の上に布団かけて寝た。それでちょうど良いぐらい。日暮れも早くなったけど、夜明けもずいぶん遅くなってきた。目覚めた時、カーテンからもれてくる光が弱い。まだ早いかなって思った時、時計を見る。もう6時になっている。

     

     事務所の隣の弁当屋さんが昨日で閉店した。そして新しい店が入って来る。山本潤子が「会いたいな」で歌ってた。馴染みの店も少しずつ名前を変えて、人が増えて街は変わったと。そう言えば、私がここに来てから通りの店が何軒名前を変えたのだろう。少しずつ、街がきれいになっていく。

  • 三瓶山 2020年09月11日

     昨日、あれから大田市の三瓶山に車で向かった。一週間に一度は車で、ある程度の時間を費やさないと心が折れそうになる。若い頃はそうでもなかったのだが、この頃心の辛抱ができなくなった年齢に達したのかもしれない。だけどお陰で今日はすっきりとした気分で仕事ができそうだ。

     

     妻が他界して2年と4ヶ月が経った。この頃の店主日記には、妻を失った寂しさや切なさを書いてきた。女々しい奴と思われてもかまわない。そんな思いで書いてきた。少しでも、多くの人にその思いを伝えたい。そんな気持ちで書いてきた。なぜなら、配偶者のみならず、愛する家族を失って悲しんでる人たちがいるのだから。

     

     悲しみを和らげるのは、励ましでも何でもない。そうだねって、悲しいねって、寂しいねってともに感じてくれる人がいてくれることである。書物やネットや何でもいい。悲しく、寂しさに耐えている人がいるのだなあって知ることである。そして人の悲しみも感じてみることだと思う。一瞬は、我が身と重なって悲しみが増すのかもしれない。だけど、なぜか分からないが、その後、心が安らぐ。

     

     私が心安らぐのを確信したのは、私の新聞投稿に対する人の反応だ。山陰中央新報の「こだま」欄に、妻を失って悲しい、寂しいって何度か投稿した。それを読んだ人、数人が私に言った。また書いてねって。いずれの方も、配偶者を失った方だ。涙流しながら読んだわって。でもまた書いてねって言ってくれた。

    コスモス 

     三瓶山の麓の「東三瓶フラワーバレー」に行ってみた。雨が落ちそうな気配。だがまだ耐えている。コスモスが咲いてるのかもしれないと思ったからだ。まだまだシーズンは遠いようだ。西の原に着くころに雨は本降りになった。木陰で文庫本なんて雰囲気ではない。でも、楽しいな。

  • 代休 2020年09月10日

     我が社に月一度の連休がある。それが一昨日と昨日だった。だけど仕事があり、出社した。一昨日は急ぎの賃貸物件入居の契約書作り。昨日は重要事項の説明がふたつあった。昨日のそれを終えたのがお昼ちょうど。握り飯を食べながら、疲れたなと感じた。でも、この後どうしようと考えるとき、まったく計画していなかったと気づく。ぽっかり空いた穴。ぽっかりと空いた時間の穴。

     

     そして今日、午前中どうしても今日という仕事はし終えた。午後は代休取ろうかな。ポットにインスタントコーヒー入れて、車でどっかに行こうかな。三瓶山にでも行こうかな。高原の、木陰で文庫本でも読もうかな。・・・それがいい。

  • 台風10号、松江も風が強い 2020年09月07日

     室内の温度がある程度上昇するとエアコンが強く作動する。瞬間に空気のゆらぎに変化が起きる。その変化を敏感に感じ取る。目が覚める。そんな状態が続く毎日だったが、この3日間気温が少し下がった。両サイドの窓を開け、自然の風の中で寝た。よく眠れた。よく眠れたせいなのか、逆に気だるさが残る。

     

     先日の夜、長女の婿殿から電話がかかってきた。近いうちに転勤になるという。その後また転勤で海外に行くことになるという。反対じゃないのかって聞く。私にとって、一番の頼りは長女だと感じてのことだろう。遠くに行ってもかまわないか、しばらく会えなくてもかまわないかと言う気遣いなのだろう。

     

     早速に答えた。面白いではないか。一度の人生のチャンスだよ。いろんな経験ができるチャンスだよって言った。その後電話は娘に変わった。末娘と話したという。末娘が言うには、お父パソコンの手紙よこすんだよ。字が書けなくなったんかなあって、そう心配してるらしい。そうか、あの子がなあって思う。

     

     そんな話を聞いて嬉しくなってしまった。長女が遠くに行ってしまうのは寂しいけど、いろんな経験を積んでほしい。そして大きな人間になってほしい。末娘も、頑張っているらしい。楽しく暮らしているらしい。すっかり涙もろくなった私、また泣いてしまった。そして思う。私も頑張らなくちゃって。

  • 月4万円の食費は贅沢か 2020年09月06日

    マツムシソウⅢ

     大田市温泉津町の西田地区に無形民俗文化財のヨズクハデが今年も登場した。稲ハデのことだが、形がフクロウに似ているからこの名がついた。なぜヨズクかと言うと、この地方ではフクロウのことをヨズクと言う。我が故郷、奥出雲町でもそう呼んでいた。このヨズクハデ、何年か前にも見に行ったことがある。はて、今年はいつ行こうかな。

     

     数か月前から家計簿を付けている。どのぐらいなお金を使うのだろうとの発想からだ。そこで食費だけを抜き出してみた。いちにちの3食、ほぼ自分で作って食べている。定休日の水曜日、一週間分の食品を買いだめる。そしてお酒も。酒も食費と考えた。水曜日に使う金額が8千円ぐらい。時にはコンビニ弁当も買うので月にしたら4万円ほどか。これって、贅沢だろうか。

  • ひとりの生活を楽しむ(マツムシソウⅡ) 2020年09月04日

     マツムシソウの写真撮影には相当の時間をかけた。強風だったから時間をかけざるを得なかった。妻とふたり行動を共にしている時などできることではなかった。二人の行動は、お互いが気を使いながらだけど、だけど楽しかった。遠慮は、相手に対する思いやりであり贈り物でもある。相手の遠慮は、私に対する思いやりであり贈り物でもある。贈り物を喜ばない人はいないだろう。ひとりになったこの頃、そう思えるようになってきた。

    マツムシソウⅡ

     そんな中、ある日ある人が言った。ひとりの生活、それをを楽しめばいいじゃないかって。そうだなとは答えはしたものの、釈然としない何かを感じていた。でも、ひとりなんだからその生活を楽しめばいい。そう自分に言い聞かせてもみた。この、マツムシソウの撮影はまさにそのひとコマなのかもしれない。自由に時間をかけて撮影した百数十枚の写真を見る時、よくピント合わせたなと思う時、楽しかったかと自問してみる。・・・いや、決して楽しいとは感じてはいなかった。そんな我が身に気づく。

  • マツムシソウ 2020年09月02日

     鳥取県の大山にマツムシソウが咲いているという情報が伝わってきた。行かずばなるまいと思う私だ。三密も避けれるし、隣の県ではあるし、自家用車で行くことだし、と言うことでデジタル一眼レフの電池を充電した。こんな日は休日でも早くに目が覚める。

     

     風が強い。揺れている。マツムシソウもススキの穂も何もかもが揺れている。一瞬だってじっとはしていない。三脚立てる意味がない。植物撮影はあきらめた。動いているなら、動きのある写真を撮ろうか。無理を承知で手持ちで狙ってみる。ほんの一瞬、ゼロコンマ何秒かの瞬間を狙う。

    マツムシソウ

     ここ桝水高原は妻との思い出の場所だ。あの日もマツムシソウが咲いていた。娘二人が先にリフトに乗って、次のに妻と私が二人並んでリフトに乗った。楽しかったあの日が蘇る。帰りの車中、山本潤子が歌う曲がステレオから流れて来る。まるで妻と会話してるみたい。思い出が涙を誘う。でもこの瞬間がいい。涙は、悲しみから私を救ってくれる。・・・だからドライブが好きなんだ。

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