孫が手をつないでくれた
休みなのに早く目が覚めた。エアコンを消した。前後の部屋を網戸にして、陽の当たる部屋の遮光カーテンを閉めた。扇風機のみで軽い朝食を済ませて、娘達に叱られるだろう乱雑な、形だけの掃除機を終わった。そして出発。出雲市の息子を見舞わなければ。胴体だけで、手足の拘束はほどかれていた。それにしても、と思った。
その後、いつもの三瓶山に向かうことにした。ひとりドライブ中の私は口をきくことはない。それが孤独が孤独を呼んでしまうことになる。いつもの道の駅「キララ多伎」を珍しくスルーした。大田市街地のコンビニに寄ってサンドイッチと冷たい缶コーヒーを仕入れた。レジ係の、30台?女性の対応がすごく爽やかだった。二品で両手を塞いで玄関ドアを出ようとした。向こうから入店しようとしていた若い男性がドアを手前に引いて、さっとした手の動きにあわせてどうぞと言ってくれた。爽やかだった。このコンビニのお陰で、久し振りに人の優しさに触れた気がした。
いつものコースで北の原の木陰に車を停めた。サンドイッチをほうばった。爽やかなレジ係の女性の顔が浮かんできた。ドアを引いてくれた男性の優しい顔が浮かんできた。そんな気持ちになる私は、生活の苦しさや、別れの辛さを味わった経験者だからかもしれない、そんな気がした。今日は良い人たちに出会った。そう思って飲む冷たい缶コーヒーは美味しかった。
西の原に行き、東の原で散歩して、頓原町の国道54号線に合流した。歌姫と冠したCDのNO12の中原理恵さんが歌う「東京ららばい」を選んだ。ボリュームをいっぱいに上げた。その歌を何度も繰り返しながら、車は国道の下り坂を60キロのスピードで下っていった。大音量の車内の私の記憶は、何もかも浮かんでは来やしない。幸せな瞬間なのだろう。東京ララバイは、私に似合った歌だと思った。
あ、そうそう。皆さんはこんな運転なさらないでくださいね。これは40年間無事故無違反表彰の、そしてプロドライバーだった私の特殊能力なんですよ。
写真は、盆の13日、娘達と孫と4人で奥出雲町に行った。先祖の墓参を終えて、鬼の舌震に行った。駐車場から舌震に行く時、孫が手をつないで一緒に歩いてくれた。この日、手つなぎデビュー日なのだった。