店主日記
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ひとりぼっちの夜
2026年10月17日
ひとりぼっちの悲しさと寂しさは、時が解決してくれるものと思っていたがそうではないらしい。逆に、時が経つほど悲しさは深く、時が経つほど寂しさは増していくものらしい。誰もがそうじゃないだろうが、私には、そんな性癖のあるらしいことがこの頃分かった。
今朝起きた時、妙な寂しさを感じた。時々こんな朝がやって来る。出勤して、湯を沸かしてインスタントコーヒーをポットに入れた。いつも持ち歩いている妻の小さな遺影を車に積んだ。さあ出発だ。息子に会うために夫婦でよく行った出雲市、途中斐川町の道の駅「湯の川」の自販機で二人の飲み物を買った。この思い出を訪ねてみよう。
「職場も一緒だった私たち夫婦は、休みの日は小さな日帰りドライブ旅行を楽しんでいた。これからも、遺影に替わった妻を助手席にそうするつもりだ。」これが、妻が亡くなって2ヶ月の後、山陰中央新報の「こだま」欄に採用された私の投稿の書き出しの文章だ。
涙は心のデトックス効果があるらしい。リラックスした状態になれるらしい。安眠効果もあるらしい。その他いろいろ体や心に良い効果をもたらすらしい。そのことを私は何度も何度も実感した。我が家には、こだま蘭に妻を書いて採用された投稿の10回分の切り抜きがある。読む度によく泣ける。今夜は焼酎のお湯割りを飲みながら、これを読むことにする。
あ、そうそう。私はこんなことを思うようになった。もし、もしも身近に私のように連れ合いを亡くした人があったなら、励ますよりも、そうだね、悲しいよね、寂しいよねと言って一緒に泣いてあげよう。
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コスモス
2026年10月15日
昨日、飯南町の東三瓶フラワーバレーに咲くコスモスの花を見た。偶然だがこの日はコスモスの日だったらしい。強風注意報も出ていたところもあった島根県、風が止むのを待っての写真撮影。でも、風があった方がコスモスの花も楽しそうだった。ゆらゆら揺れて何となく嬉しそうだった。

長女の結婚式の日の両親への挨拶で、母がいなくて寂しいと娘は言った。その言葉が重く私の心に響いた。そして確かなものになって私の記憶に残った。それから間もなく、いつものように一人好きなドライブ中、必ず聞いているステレオからCDの曲が流れていた。昭和52年に山口百恵さんが歌って流行った「秋桜」。私のCDはさだまさしさんが歌っている。
秋桜は和名でアキザクラと言うらしい。秋桜をコスモスと読むようになったのは山口百恵さんが歌って流行らせた後からだという。そんなことはどうでもいい、母と娘のたがいを思いやる心を歌ったこの歌を近頃気に入っている。ボリュームいっぱいにして聴いている。そして、妻にも娘にも、この母娘の気持ちの経験をさせてやりたかったと思っている。
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え、パソコンなの
2026年10月11日
時々、手のひら側の手首と肘の間に内出血ができる。両腕とも同じところに内出血ができる。どうしてだろうと不思議に思っていた。特に強く何かにぶつけた訳じゃあないのにどうしてだろうと不思議に思っていた。だが先日、その原因が分かった気がした。9日のこの日記に、朝9時から午後2時まで懸命に契約書のひな型をこしらえたと書いた。直後、腕を見たらないつもよりひどい内出血があるのを見た。しかも両腕に。おかしいなと思った。朝見た時には何ともなっていなかったのに。
そしてしばらくして気が付いた。ひょっとしてパソコン使ったからだろうか。キイをたくさん打ったからだろうか。キイを打つための筋肉疲労で内出血するのだろうか。朝なかった内出血が両腕の同じ場所にできているんだもの、きっとそうだよ。血液サラサラの薬がそうさせるのだよな。
今日は3連休のなか日。さわやかな秋空が広がっている。仕事中だが道の駅「湯の川」まで車で走ってきても罰は当たるまい。そう思って車に乗った。今日はジーパンとTシャツで出勤している。誰が見ても、仕事をさぼっているなんて思わないだろう。
宍道湖は穏やかだった。波ひとつない湖面には、もう冬の渡り鳥の姿がぽつぽつと見えた。「湯の川」の駐車場から眺める北山山系の風力発電用の風車はみな止まってピクリともしない。街路樹の葉が、ひらりひらりと落ちて来た。風景は秋真っ只中。
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妻の名を呼ぶ
2026年10月09日
何から何まで一人でやるものだからこの歳になったら疲れる。あれやっといてって言う人もいないから辛い。ある賃貸マンションの契約書のひな型作って、ある会社に送るよう、今コンビニの郵便受けに入れて来た。朝9時からはじめて今お昼過ぎの2時。「ああ、疲れたよなぎさ、会いたいな」とつい妻の名を呼ぶ。
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まだ人生は続くから
2026年10月06日
寝不足らしい。少し体が気だるい。早起きは3文の得と言うけれど本当にそうかなあ。こんな気だるい時は作文がいい。作文すると心が軽くなる。ということで今日も店主日記アップしようと思う。
今朝5時過ぎに目覚めた。まだ早いから再び休もうとするが眠れない。それでも我慢して6時まで布団の中。で、とうとう耐えられなくて起きてしまった。テレビつけて、新聞読んで、着替えて出勤した。営業時間にはまだ1時間半もある。
顔が少し緩んだ。チャンス。1時間半もあれば宍道湖一周のドライブに出かけられる。ということでさあ、出発だ。松江駅前から宍道湖大橋を渡った。そして道の駅「秋鹿なぎさ公園」に寄った。妻と同じ名の道の駅、必ず寄りたくなってしまう。
自動販売機で大きめの缶コーヒーを買った。そして再出発。右手でハンドル握って、左手に缶コーヒー。このスタイルが気に入っている。好きなドライブ。好きなコーヒー。隣に話し相手の女性がいれば、もう何も言うことない。ただ、隣に誰もいないこの寂しさよ。
寂しいといえば、山は良いこと谷は悪いことと解釈するならば、山はないけど谷あり谷ありの人生だったな。夜間高校に通ったこと。母と生活したこと。そして看取った。結婚して障害を持つ息子が生まれ、可愛いが苦労した。今度は私が脳梗塞で倒れ、会社辞めて不動産業を立ち上げた。やっと軌道に乗ったと思ったら妻の死。そしてコロナ。今ナフサ不足のこの不景気。ほんと、谷あり谷ありの人生だな。でもさ、まだ人生は続くから。




