店主日記

  • 2025年05月04日

     ずいぶん昔読んだ渡辺淳一氏の小説にこんな一節があった。「寝るのも体力だ」と。先日の入院では眠るのに苦しんだ。夜の消灯の9時半に眠りに着こうとするのだが眠れなかった。やっとうとうとしたと思って、そして気が付けば夜中の12時。後は悶々とした気持ちで朝を待つ。朝日が出て、カーテンを開けたら本が読める。ほっとしたものだった。

     

    朝日 1日の日に退院して、その日我が家で良く寝た。もう一日寝たらほぼ回復するだろうと、友達に連絡をした。ドライブに付き合ってくれないかと。土曜日の午後なら空いてるよと返事があった。人と話したかった。8日間の入院生活は私に会話の飢えをもたらした。孤独って、こんなに辛いものかと思い知った。そう感じるのも年齢のせいかもしれない。体力のせいなのかもしれない。

     

     昨日の土曜日、車に乗って事務所を出た。目的地は決まってはいないが、ハンドルは奥出雲町に向かっていた。何でもいい、取り留めのない話を繰り返す。それが私の今日の目的だ。八雲町から広瀬町に出て比田を通って奥出雲町に入った。故郷に着くと何故か心がほっとする。暖かさを感じさせてくれるのが故郷なのかもしれない。

     

     道の駅に立ち寄るのが私のドライブスタイルだ。「酒蔵 奥出雲交流館」に行った。さすがに連休の初日だ。駐車場がいっぱいでそこはスルーすることにした。遠回りして「おろちの里」に行った。売店に入ったら米糠がセットされた筍が売れていた。もうとおに旬は過ぎている。が、作ってみたくなった。病も癒えたことだし、久し振りにこの筍を調理しよういう気持ちになった。

     

     当たり前だが、退院して少しの間は 禁酒だ。それをあえて犯す禁じられた遊びは心が複雑だ。コップ片手に時々筍の鍋を覗く。リビングからラインの着信音が聞こえた。幼なじみのように、景ちゃんと呼ぶよ。そうだね、じゃあこれからはコトちゃんと呼ぶよ。幼なじみ。竹馬の友。そう言えば今筍煮てるんだ。

  • 今帰った 2025年05月01日

    お見舞い 今帰った。カテーテルアブレーション治療終わって今事務所に帰ってきた。生協病院から歩いてトンネルを抜けて帰ってきた。心配かけたな、でも無事に帰ってきた。心臓の鼓動も力強くなってきた。もう心配ない、大丈夫だよ。・・・飛行機代がもったいないから、それにちょっとの時間だけ会えば余計に寂しくなるから帰って来るなって言っておいた長女が東京から帰ってきた。そして面会に来た。なんでって思ったけど本当はすごく嬉しかった。

     

     今日は仕事なんてできそうにない。だけど、店番する。けやき不動産は生きてるよと、のぼり旗立てる。事務所の電気付ける。元気で頑張るよとそう言って。だけど早仕舞いするな。おいしそうな寿司があったら買って帰る。ふたりで乾杯しよう。ビールで快気祝いの乾杯しような。早くシャワー浴びたい。

  • 行ってくる 2025年04月24日

     とうとう今日になった。なぎさ、じゃあ行ってくる。カテーテルアブレーション治療を受けて、元気になって帰って来る。入院は一週間ほどだと思う。必ず帰って来るから待っててな。元気になって帰ってくるから待っててな。必ず元気になって帰って来るから待っててな。ほら、今年もツツジが咲いてるよ。

     

     

    ツツジの花

     

  • 7回目の命日 2025年04月23日

     出雲市の息子を見舞った後、立久峡を通って掛合町の国道54号線に出て帰ってきた。車中、7年前のあの時の記憶を思い出しながら缶コーヒーを飲みながら車を飛ばしていた。峠の頂あたりは霧が深くて視界を遮った。そう言えば、あの時も視界を遮っていたなと、感慨深かった。

     

     妻の四十九日の法要が終わって心の平穏を取り戻しかけた時、久し振りのドライブに出かけた。ふたりの思い出が深い、大田市街地から三瓶山北の原に向かった。三瓶ダムを右手に見た時に、もう妻には会えないんだなとそう思った。その時、突然両瞼から涙が溢れてきた。とめどなく溢れてきた。やっと我に帰ったのかもしれない、そう思った。妻が亡くなって以来、初めて流す涙だった。

     

     今日はそんなことを思い出しながらの小ドライブだ。夕方、アパート案内があるからその準備に早く事務所に帰らなきゃあならない。妻が好きだった当時のスーパーマルマン茶山店の寿司を買って家に持って帰っておいた。なぎさ、アパート案内が終わったら一緒に食べような。そして乾杯しような。

  • 美保神社 2025年04月20日

     時々この店主日記に登場する美保神社。私が休みの日に、行く当てがないと向かうのが奥出雲町かここ美保神社だ。ひと昔前までは土産物店やお食事処が営業していて賑わっていた。だがそれらも今は営業をやめて訪れる人も少ない。失礼だが、その方が私にとっては趣があって良い。落ち着くのだ。

     

    橋 先日、車を持たない友達が神社に連れて行ってと言う。お守りが買える神社がいいと言う。出雲大社を考えたが、人が多すぎると思ったから美保神社に行くことにした。いつもの駐車場に車を停めて参拝をした。私は礼も拍手もすることなく、賽銭のみにした。願など叶う訳もなしと、クールな私だ。賽銭は、神社の保存にちょっとでも役立てばとの願いからである。

     

     その後におみくじ売り場に行った。そこで友達はお守りをひとつ買った。そして私に渡してくれた。これをもって入院してと言って。見たら「病気平癒」のお守りだった。神や仏など、信じる私ではないが、だけど有難かった。嬉しかった。手術終わって一週間の点滴入院生活は辛いけど、心を強く持とうと思った。必ず帰って5年計画を果たさねばと思った。

最近の記事

カテゴリ

ページトップ