店主日記

  • 通院日 2026年07月28日

     朝8時には定期通院で病院に行かなくちゃあいけない。6時に起きて出勤してきた。もう少しで7時半。昨日の朝は曇っていて、小雨も降っていて過ごしやすかったが、お昼からどんどん気温が上がって松江市の最高気温は35℃を超えた。今朝、東向きの我が事務所は朝日が床一面に差し込んでいる。今日も暑くなりそう。さ、これから病院に向かう。

      

     ところで、作家東野圭吾さんが亡くなったと昨夕のテレビニュースで知った。私は、彼の推理小説をよく読んだ。と言うのも、結婚した当時、妻が彼の小説が好きでよく読んでいた。妻が読んだその後、同じ本を私が読むようになった。そして彼の小説が好きになったのである。

     

     訃報を耳にした時、惜しい人を亡くしたものだと思った。と同時に妻の笑顔が心に浮かんだ。妻も私も、読書好きだった。書き物もよくした。妻と私の長距離恋愛を結ぶものは、文通だった。妻は、私が出した手紙を、嫁入りの時にみんな持ってきたと、そう言っていた。いつか探して読んでみようと思う。

  • 酷暑日 2026年07月26日

     今年から、最高気温が40℃を超えると酷暑日と言うようになった。昨日で、日本国内で観測された酷暑日は5日連続しているそうだ。そんな猛暑の中、今朝出勤してきて蔦の葉の散乱を事務所前に見つけた。これで3日連続だ。汗だくになって20分かけて掃除したら熱中症寸前。仕事などできやしない。

     

     夕方帰ったら窓もカーテンも閉め切って、エアコンスイッチオン。シャワー終えて、シャワー前に入れておいたビールとコップを冷凍庫から取り出す。エアコンの効いたリビングで、キンキンに冷えたビールを飲む。この瞬間が一日の内で最高に至福の時間だ。

     

     寝るのもエアコンの中。深夜2時ごろ起きてエアコンを消す。朝6時に暑くて目覚めて再びエアコンのスイッチオン。エアコン嫌いな私、暑さに負けたのかエアコンの風に負けたのか、この頃朝ごはん作るのも食べるのもその気になれない。朝は日陰になる我が駐車場、ほっとした気持ちで出勤路に着く。

     

     昨夜、直径28センチの鍋に4分の1個分の白菜を刻んで入れて醤油スープを作った。牛のミンチ肉と豚のミンチ肉をミックスして味噌味ベースの肉団子を仕込んだ。ぐつぐつと煮えたスープ鍋の中に肉団子を入れた。ミンチ肉からいい味が出て、肉団子も白菜も最高。昨夜半分食べて、あと半分今日の夕食とする。これ一品だけど、短時間で作れるダイナミックな男の創作料理だ。

  • アカトンボ 2026年07月22日

     昨夜寒くなって、エアコン切って寝た。そしたら今朝暑くって早くに目覚めた。しょうがないから起きて掃除機かけて息子のいる出雲市に向かって車を走らせた。面会が終わったら三瓶山に行こう、そう決めた。少しは涼しいだろう。

     

    三瓶山 大田市のコンビニでお昼にと、「お~いお茶」とおにぎり一つ買った。西の原に着いておにぎりを頬張った。旨いなと思った。数匹のアカトンボが飛んでいた。暑い時は山に行き、涼しくなった盆あたりに平地に降りてくる。そんな話を聞いたことがある。盆あたりに平地に降りてきたアカトンボを、私の田舎では盆トンボと言っていた。

     

     すーいすい、と、水に泳ぐミズスマシのように空を飛んでいた。すーいと行ったかと思うと反転して帰って来た。そして目の前でぴたりと止まって見せた。と思ったらまたどこかへ飛んで行った。可愛いなと思った。懐かしいな、とも思った。子供の頃の我が家の庭を思い出した。

     

     ところで、伊藤園の「お~いお茶」だ。大谷翔平の絵が描いてあって、「HR no20 2025.5.27 vsカーディアンズ」と書いてあった。ひょっとして、これプレミアム商品なのかもしれないね。この入れ物、大切に保管しておく。

  • え、花が活けてある。 2026年07月21日

     今日の一日も妻の墓参から始まった。公園墓地の駐車場に車を停め、まず、水場に向かった。水の入った手桶を左手に持ち、右手に蝋燭や線香が入った墓参セットを持って妻の墓石に向かって歩いた。近づくと、おや、と思った。この頃活けなくなった花が活けてある。

     

    生けられたた花 誰が活けてくれたのだろう。誰が妻のお墓に参ってくれたのだろう。思案を巡らした。だが分からない。誰なんだろう。車に乗って事務所に向かった。事務所に着いてもまだ分からない。そしてパソコンのスイッチを入れてインスタントコーヒーを飲み始めた。あ、ひょっとして。

     

     多分あの人だ。先日の「あじさいの会」、昼食会場まで車に乗せたあの人だ。車の中で、妻の墓所を聞かれたので教えたんだ。大庭町の公園墓地にあるんだよって教えたんだ。墓地の入り口を入って公園事務所を過ぎてすぐの左手の下から2段目の場所にあるんだよって教えたんだ。○○さん、ありがとう。久し振りに会えて妻も嬉しかっただろうし、喜んだだろう。ありがとうね。

  • セミが鳴かないね 2026年07月19日

     毎週、木曜日の午前中に来てくれる移動販売のパン屋さんから買ったパンをコーヒーと一緒にお昼ご飯にしている。そのパンをかじりながらパソコンの画面を見ていた。去年の今頃は何を書いていたのだろう、と。7月10日の店主日記を見てみた。ニイニイゼミの初音を聞いたとあった。今年はもう19日。10日も過ぎたのに、まだセミの声は聞こえない。

  • 無性に書きたくなって 2026年07月18日

     妻と私は、私が35歳の時に出会った。その時妻は25歳。出会ってからしばらくして、松江城でみんなで一緒に写した写真と手紙が妻から届いた。その手紙には、付き合ってほしい、そう書いてあった。私にも過去があった。女性と付き合う気持ちなど、その時にはさらさら無かった。

     

     昨日、自閉症児、者を持つ親の会「あじさいの会」があった。会が終わって、女性7人と私とで食事会をした。妻の話になった。ある人が言った。最初は断られたけどねって、そう奥さんが言ってたよ、と。そんなこと言ったんだな、と思った。最初から相思相愛だったんだよって、そう言っとけばよかったのに。

     

     夜、一人で焼酎のお湯割りを飲んでいた。そしてお昼の話を思い出した。記憶は、あの出会いの日に遡った。あの時届いた手紙に、手紙で返事を送った。私は、女性と付き合う気はないんだって、そう書いて送った。私の過去のこともみんな書いて送った。返事の、あの手紙の文面を思い出していたら涙がぽろぽろこぼれて来た。なぎさ、あの時はごめんな。馬鹿な私が悔しかった。

  • 暑い朝 2026年07月16日

     この頃、異常なほどに暑い。夜中中、エアコンの中で寝たのに暑くて早くに目が覚めた。しょうがないから早めの出勤をすることにした。リュックの一方のショルダーストラップを肩にひっかけて玄関を出た。そこに小学生の登校班が集まりかけていた。その中の一人の男の子に手のひらタッチをした。

     

     妻の一周忌の法要を終えたその日の日曜日の夜、自治会の新役員の集まりがあった。集会所の座敷で、赤ちゃんを抱っこした若いお母さんが私の隣に座った。初めて見る顔だったが、何ヶ月って聞いてみた。5ヶ月だったその子に、私は手を差し出してみた。そしたらどうだ、私に抱っこされにやって来た。おっ、と言って驚いた母の顔。人見知りする子だったのだろう。

     

     二人の娘もまだ家に一緒に暮らしていた。だけど、妻のいない我が家は寂しかった。ましてや、その法要の日の寂しさは重石のように私の心に大きくのしかかっていた。でも、あの赤ちゃんを抱っこした時、心が少し安らかになった気がした。以来、朝会うたびにあの子と手のひらタッチをしている。早いものでもうあの子も1年生だ。

  • 走るだけ 2026年07月15日

     そう、走るだけ。昨夜決めたコースのドライブを実行することにした。米子市から国道181号線を南下、江府町から180号線に乗り換えた。日南町から183号線を走って備後落合へ。314号線を三井野原スキー場方面へ。横田、三刀屋、宍道を通って帰って来た。全走行距離、200キロ。

     

     若い頃から運転が好きでよく走った。よくドライブをした。24時間中、走りっぱなしだったこともあった。母と暮らした時、休みのたびに連れ歩いた。母もそれを喜んだ。妻も晩年はドライブを楽しみにしていた。今度の休み、どこへ行くって、定休日が近づくとそう言って私を誘っていた。

     

     そんな心境と、今少し違うかもしれない。じゃあ、何のために走る。そうだね、一人暮らしが寂しいからかもしれない。車の運転は、私のその技術に陶酔するからかもしれない。夢うつつになれるからかもしれない。うっとりするその夢心地が恍惚だからかもしれない。時々流す涙もまた、いいよね。

  • なぎさ! 2026年07月14日

     昨夜、案外涼しかったので網戸にして寝た。よく眠れた。8時に目覚まし時計セットしておいたのに7時に目覚めた。瞬間額から汗が出た。仕方なく起きた。出勤の車の中の温度計は30度を指していた。事務所前の掃き掃除してのぼり旗立てていたら汗だくになった。

     

     こんな高温多湿の天気の日は体が気怠い。体の気怠さは心模様にも影響する。辛いなあって思う。切ないなあって思う。今日も一人で働くの、しんどいなあって思う。こんな時、ついなぎさって妻の名を呼ぶ。そして思う。もう一度一緒に働きたいね、って。今日も、なぎさって何度つぶやくのだろう。

  • 前向きに 2026年07月13日

     午前中、あるアパートのオーナーの来店があった。空室の事、そしてその他の話で一時間ほど盛り上がった。あの方は、いつも生き方が前向きなので話していても楽しい。すると、不思議なことに私の心も前向きになれるから嬉しい。

     

     帰られた直後、急に車に乗りたくなった。ケイタイと運転免許証と財布と小銭入れを持って車に乗り込んだ。左回りに宍道湖を一周しようと湖北線に乗った。すぐにコンビニに飛び込んで缶コーヒーを仕入れた。風のためか宍道湖は荒れていた。騒ぐ波は湖底をかき回し、湖水を泥色に染めていた。そんな風景を見ながら、前向きになれた心を確実なものにしようと、そう決意した。

  • キャンプの思い出 2026年07月12日

     一昨夜はエアコンつけっぱなしで寝た。昨夜は気温が少し下がったので部屋の前後を網戸にして寝た。二日ともよく寝たけれど、昨日の朝も今日の朝も体が気だるくてしょうがない。梅雨が明けて、24~5度だった最高気温が急に30度を超すもんだからその変化に体もまごついている。

     

     本当に気だるくてしょうがないから、キャンプ用のマットを事務所の床に敷いた。国語辞典と漢和辞典の2冊をマットの下に入れて枕にした。そして寝転んでみた。ああ、気持ちいい。でも、5分で起き上がった。事務所なんかで眠れる訳ないじゃあないか。お前何やってんだよって、もう一人の私に叱られた。

     

     そんなことしたおかげで、昔よくしたキャンプを思い出した。テントとタープのセッティングに私は余念がなかった。ひとりで組み立てる難しさも楽しかった。近くで妻と、3人の子供たちが遊んでいた。楽しんでろよ、もう直ぐ火を起こして美味しい夕ご飯作るからな。

  • 徒然に 2026年07月08日

     昨日の朝、目覚めたら無性に鳥取に行きたくなった。10時に出発して国道9号線を走って賀露港に着いたのが昼の1時。しばし佇んで引き返した。帰り路は、妻との思い出が胸いっぱいにあふれてきた。賀露港は初デートの日に行った場所なのだから。

     

    海

     

    花 山陰道では見えないが、国道9号線を走ると左手に日本海が見える。小高い場所で、海が眺められるところに駐車スペースがあった。海を望む手前の草むらに、名を知らぬ紫の花が咲いていた。こんなこともあるんだと思った。偶然車を停めた場所が花園だったなんて。

     

     今朝は夜中と言っていい、3時に目覚めて以降眠れなくなった。テレビを見た。新聞を読んだ。夜が明けたので久し振りにウオーキングをした。定休日だけれど、6時前に出勤した。仕事はする気しないので、これを書いている。

     

     9時になったら出雲市に向かう。出雲市の病院に入院中の息子を見舞ってくる。30歳は遠に越したが、知的障害を伴う自閉症という障がいを持つ息子、可愛くてならない。せめて2週間に1度は会いに行ってやりたい。負担だねって言う人もいるけれど、苦にはならない。

  • 2連休 2026年07月06日

     明日は曇りだけれど、予想最高気温は30度。明後日から晴れ間が見えそうで予想最高気温は32度。そろそろ梅雨も上がりそう。でも暑すぎるのはごめんだな。そお言う私は明日明後日、月1度の2連休だ。それで今、どこへ行こうかと迷っている。

     

     うち1日は、息子の見舞いに出雲市の病院に行くから西に向かって走る。高速道路は景色が見えないから走らない。国道9号線を使って病院まで1時間。その後もう1時間かけたら三瓶山に着く。西の原でサンドイッチ食べながら読書するのもいいのかな、なんて考えている。

     

     お昼が終わった。献立は小さなパンひとつと、野菜サラダのみ。妻が使ってたワークデスクに座って食べた。たったひとりで食べる我が事務所、時が経つにつれ、むなしさを包んだ袋が膨らんでいく。寂しいな、せつないな、だから苦しいな。・・・出雲市行きは明後日にしよ、だから明日は君の好きなところに連れてってあげる。

  • 雨のドライブ 2026年07月02日

    い雨古山 高校生時代だったか見たフランス映画。男女が高級車シトロエンの中で話し合っていた。外は雨、話の中にシトロエンのワイパーの音が聞こえていた。それで私は自動車にあこがれたのである。フランス製のあのシトロエンのワイパーの音に魅かれてしまった。

     

     昨日は先週と全く同じコースをドライブした。10時に起きた。服に着替えて墓参済ませて松江を出発したのが11時半。雨は時々ぽつりぽつりと降っていた。だが、日南町の道の駅を過ぎたあたりから雨降りと呼べる天気になってきて、再び島根県の横田町に入った時、本降りになってきた。

     

    横田駅 ノスタルジーを求めて、横田駅に行った。大正時代か昭和初期に建てられた風貌をしたこの駅舎、子供の頃の風景が蘇って来た。あの頃の郵便ポストはみんなこうだった。丸い赤いそのポストは屋根が雨に濡れて光っていた。留まりかねた一部の雨水は、赤いポストの肌を濡らして真下に転がって行った。

     

     三成駅に着いた頃、雨は大降りになってきた。三刀屋町を過ぎて、宍道町に出た頃、土砂降りになって先の風景が見えにくくなった。しばらくそんな状態が続いた。ワイパーは、最高速度で作動を始めた。早すぎる。心を乱す。手動に変えた。シャカ、シャカ、と、心地良い音が聞こえてきて、シトロエンを思い出した。

最近の記事

カテゴリ

月別アーカイブ

ページトップ