店主日記
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桜並木
2026年03月31日
先日、70歳だという女性の方が見えた。もちろん今後の住まいの相談だ。私と歳も近いと、いろいろ話してみたくなる。彼女の御主人、元気で今も働いているらしい。もちろん彼女も働いている。ついつい、言ってしまった。ご夫婦お元気でいいですね、私は一人になってもう8年なんですよ。
「再婚なさったら」いえいえ、彼女(妻)に申し訳なくて。今でもこうして、写真だけれど向かい合って仕事してるんです。ちょっと仕事が心配な時など、話しかけると落ち着くんです。今でも女房なんですよ。助け合いながら仕事してるんです。「奥さん幸せですね」今朝も、いつものように公園墓地に向かった。左折して墓地の敷地に入った瞬間、おっ、と思った。桜が咲いている。雨上がりの日差しの中に桜の花が誇っているようだった。この桜、君は知らないんだね。と言ったら、でもさ、と帰ってきた。ずうっと昔、木次の桜土手、二人並んで歩いたやん。楽しかったわ。
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まだ蕾
2026年03月28日
昨日は忙しかった。だけど、午後になってぽつんと忙しさの空間ができた。冷蔵庫の故障で、先日の定休日に1週間分の食糧の買い物ができなかったことを思い出した。よし、このチャンスに買い出しに行こう、そう思った。ついでにブラっとしてこようか、気分転換だ。
八雲町の熊野大社の駐車場に車を停めた。車を降りたら春の日差しが暖かだった。気持ちが浮き浮きするって、このことだろうか。春の匂いがあそこにも、ここにも感じられた。見上げれば、桜のつぼみが膨らんでいた。この日、松江市は開花宣言。でもここはまだらしい。この桜の木の配置、咲けばきっと美しいだろう。夕食も終わって、焼酎のお湯割りを飲みながら炬燵でくつろいでいた。ふと、昼間の忙しさが蘇ってきた。何故か、その忙しさは妻のいたころに遡っていた。私が現場で、妻が裏方で、こんな忙しさもへっちゃらだったのに。そんな昨夜の心持を今朝の墓前に伝えた。そしてこうも問うてみた。あんなにも多くの涙、どこから流れて来るんだろうね。
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イズモコバイモ
2026年03月26日
アスファルトを打つ雨音で目覚めた。やはり雨、でも行く。行ってイズモコバイモを見たい。昨日の予報では、降ったり止んだりなのかもしれないと言っていたから、止み間があるかもしれない。小降りになるかもしれない。明るさも増すのかもしれない。雨も風情と感じるのかもしれない。
支払いをして、病室に息子を訪ねた。すやすやと、毛布をかぶって眠っていた。声をかけたが起きそうもない。先週もそうだったが、また来よう。そう思って顔を見るのはあきらめた。小さい頃の、息子の笑顔が私の記憶の中を巡って行った。また来るな。一日中雨だった。だが、イズモコバイモの自生する川本町は小雨だった。傘を差さずカメラを持って歩けた。私とさほど年齢は違わない、でもちょっと上かなと思う男性がガイドをしてくれた。絶滅危惧種を守ろうと、懸命な地元の人たちの、コバイモに対する愛情と努力が嬉しかった。
帰り道、川本町の中心部に寄ってみた。相変わらずのたたずまいが懐かしかった。私がまだ、40代の頃だっただろうか、「おとぎ館」が、完成した。宿泊施設もあって、出張の時、何度か泊まったことがある。ああ、懐かしいなあ。私にも、あんな若い頃があったんだ。
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暑さ寒さは彼岸まで
2026年03月23日
朝まだ家にいる時、携帯に転送の電話が鳴った。9時にお邪魔するからと言って。いつもは公園墓地に寄ってから出勤するのだが、お待たせしてはと、事務所に直行した。9時10分前に来店があり、30分余りで話は終わった。さあ、墓参に行こう。今日は昨日までの冷たい風もなく、穏やかな春そのものの天気である。妻と話を終え、じゃあまた明日と言っての帰り道、あのオオイヌノフグリが春の日差しを独り占めするかのように咲き誇っていた。穏やかな日和を満喫しているようだ。花の命は短くて、苦しきことのみ多かりきと言うけれど、今日は違うよな。精一杯楽しんでくれ。
今日は春の彼岸の最終日、暑さ寒さも彼岸までとは、昔の人はよく言ったものだ。
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え、ビールがぬるい
2026年03月22日
昨夕、いつものように冷凍庫にビールグラスと、冷蔵庫の缶ビールを入れた。シャワーを浴びてすぐにビールを飲む。そう、凍る寸前ぐらいにキンキンに冷えたのが好きなのである。なのに・・・え、泡が。ビールがぬるい。なんで???。
今朝になって再確認をしたらやはり冷蔵庫が冷えていない。そうだよな、買ってすでに20年は経つものな。壊れる訳だ。と言うことで10時の開店時間を待って100満ボルトに出かけた。ドキドキはらはら、高いんだろうな。と思っていたら10万円のが展示品に限りで7万円で買えた。
あの冷蔵庫が消える。金銭的にもそうなのだが、私にはもっと辛いことがある。それは妻との暮らしの匂いだ。それが一つ消えていく。10数年前に買った車、運転席シートに妻の思い出が詰まっている。事務所のバックヤードに、妻が使っていた白髪隠しスプレーの使い古しが一本、新品が一本あの時のまま同じ場所に置いてある。
自宅には、妻の衣類があの時のまま、タンスの中に残っている。普段着の私のジーパンも、春のジャンパーも、パジャマも妻と一緒に買いに行ったものだ。毎日持ち歩く、縫い目がほつれて穴が開いたリュックもそう。その一つ一つがだんだん減っていくのが悲しくてならない。
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163円
2026年03月20日
朝起きて、暖かいなと思った。布団から出て、エアコンの風を浴びたら熱く感じるくらい。いつものコートを脱ぎすてて春用のジャンパーにした。いつものコンビニの店員さんに、春らしいですねって言われた。あの店員さん、この頃よくしゃべってくれる。あ、そうそう。今日は彼岸の中日、先日生まれた孫の動画を朝スマホで妻に見せてあげた。嬉しかったろうな。
今月の9日に給油したガソリン価格は156円だった。その2~3日後、突然180円に値上がった。そして先日は、190円に届こうとしていた。思わず叫んだ「トランプめ!、俺からドライブの生きがい奪う気か」。だが今日は下がるだろうと予想した。案の定、163円。少しほっとして5000円分入れた。だが、満タンには遠い。でも少し気持ちも楽になってか、野菜を買おうという気になってその足で道の駅「本庄」に向かった。トマト、キュウリ、アスパラガス、ブロッコリーを買った。朝、鶏肉を唐揚げの下味の漬け込みだれに漬けておいた。今晩の食事は美味しく食べれそう。
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寿司食ってみようかな
2026年03月18日
9時に目覚めた。服だけ着替えて、近所のスーパーマーケットの花屋さんに行った。昨日は春の彼岸の入り、妻の墓石に粗末だが花を供えた。その足で出雲市に向かった。息子は毛布をかぶって寝ていた。来週また来ようと、起こさずに病院を後にした。
少し遠回りして帰りたかった。コンビニで海苔巻きと稲荷のセットを買った。ハンドルを佐田町に切りながら寿司を頬張った。旨い。400円の寿司がこんなにも旨いのだろうか。手料理で酢は使わないから、体が欲していたのだろうか。そんな気がした。
佐田町を抜けて、掛合町の国道54号線と合流した。少しさかのぼると、道の駅「掛合の里」がある。そこの売店に寄った。はんぺんと地ビールを買った。夕方、シャワーを終えてビールを頂いたが、旨いとは思えなかった。発泡酒だが、飲み慣れたのがいい。
まだ早いが、54号線を下って宍道湖に出た。そして国道9号線を帰ってきた。この頃、トンカツに凝っている。2枚入りのトンカツ肉を買ってきた。筋を切って塩コショウをふりかけ、小麦粉をつけて卵にくぐらせパン粉をまぶす。火加減を考えながら二度揚げする。カリカリの衣の中に、ジューシーで熱々のトンカツ肉が旨い。ビールのお供に最高ー。
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春が来た
2026年03月16日
先日の日記に、4月のカレンダーの23日のメモスペースに「妻命日」の文字を書き入れたと書いた。以来、妙に鮮やかに妻の姿が蘇ってきて、懐かしくて恋しくて心がしんみりとしてしまって。肌身離さずいつも写真を持ち歩いている未練からだろうか。
そんな心持をよそに、春が来た。暖かな日差しがいっぱいに降り注いでいる。この陽気に誘われて、先日のテレビニュースで知ったサルボウガイ(出雲地方ではこれを赤貝と呼ぶ。赤貝と言う貝種は他にあるらしいがサルボウガイとは違うらしい)を求めて道の駅「本庄」まで出かけて行った。が、その姿は見えず。売り切れたらしい、残念だ。
ちなみにこのサルボウガイ、我が仁多町の故郷の家の正月には欠かさない食材だった。そんな幼少の頃の記憶から、もう一度食べたいなと、そう思ったのはなぜだろう。醤油味で煮て、お供にと、口を開けた殻から貝を爪楊枝で取り出しながら飲む熱燗の日本酒の味は格別だ。

手ぶらでの帰り道、中海の堤防を帰ることにした。春の陽光を浴び、はしゃいでいるかにも見える湖面(そう、中海は湖なのである。正式名称は斐伊川一級河川)が美しい。車の走りも、より快調に思えた。妻も好んだ私とのドライブ、にっこり笑ったその顔が瞼に浮かんだ。
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カレンダー
2026年03月13日
ああ、そうだと思いだした。先日の通院日に予約した今度の通院日を大きな壁かけカレンダーにメモしておこうと思った。カレンダーを壁から外して机の上で4月のページをめくった。28日の空間に「午後2時病院着」と書き込んだ。そして23日の枠内に、時間は止まった。
2018年の、4月22日と23日の記憶が鮮やかに蘇った。そして走馬灯のように、それからの私の心模様が次から次へと巡って行った。悲しくて、寂しくて、辛くて苦しくて。でもよく耐えたな。よく8年間、ひとり生きてきたんだな。23日の枠の空白に「妻命日」と刻んでおいた。
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三成駅
2026年03月11日
昨日の月一の二連休、いつも通り出勤して、確定申告を午後2時に仕上げて税務署に放り込んだ。根詰めて作成したせいか、安どの気持ちは大きかった。税務署のエレベーターから降り、一階フロアを歩くとき、聞きなれた音楽。俺の携帯やん。アパート入居の申し込みがあった。
今朝、いつもの時間に墓参した。妻の墓石の昨日あげた水鉢の水が凍っていた。放射冷却による冷え込みである。こんな日は天気が良い。そのまま事務所に出勤したら眩しいほどの日差しが降り注いでいた。久し振りに、どこかに行かなきゃあ。昨日のアパート入居申し込みで気分も晴れた。安来市の道の駅「あらエッサ」から南部町を通って日南町に向かった。「にちなん日野川の郷」で小休止。再び走り出して横田町方面へ。そして仁多町を通って雲南市、宍道湖に出て国道9号線を帰ってきた。
いつ来ても三成駅は懐かしい。どこへ行くにもここが出発点であり、終点でもあった。幼少の頃から放浪癖があったらしい私、父がどこかに行くと言えばついて行った。母がどこかに行けばくっついて行った。その度に、出発点から始まり、終点で終わった。ああ、懐かしいなあ。
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オオイヌノフグリ
2026年03月09日
和名の由来は、果実の形状が雄犬の「フグリ」、つまり陰嚢に見立てたことから名付けられているらしい。江戸時代の「草木図説」にイヌフグリの記載があるという。それにしても、可愛い花なのに、江戸人特有のギャグだったのかもしれないが、今になったら面白くない名前を付けられたものだ。

妻が眠る大庭町の公園墓地で、一昨日から目にするようになったオオイヌノフグリ。天気の良い一昨日の朝は、 蕾が多かったがいくつかの花びらが春の訪れを感じさせてくれた。だが昨日、うっすらと雪が積もって花はみな閉じた。今朝、周辺は霜に覆われていた。「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」(林芙美子)。その言葉が心をよぎって行った。
話せば、皆感動をしてくれる、そんな私の不動産業の開業の経緯だった。懸命だった。最初の数年間は休みなしで働いた。10年が経ち、やっと面白くなってきて、これから二人で楽しい人生を生きていこうなと言っていた矢先、妻が一人旅立って行って一人暮らしになってしまった。
やがてコロナが始まった。数年経ち、収まったと思ったら物価高。そして今、戦争が世界中を混乱させている。間違いなく、日本の経済にも影響は及んできている。でも、負けてなるものか。・・・そうだよ、お前が今まで背負ってきた人生に比べたら、ちっちゃなものさ。オオイヌノフグリは、そう私に話しかけてくれた。
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勝山町町並み保存地区散歩
2026年03月03日
8時に出勤した。のぼり旗立てて今日の予定のないことを確認した。電話接客できるよう、携帯に転送できるか確認し、記録用メモノート、カメラ、CDセットの箱を車に積んだ。冷たい雨だけど、さあ出かけよう。9時ちょうどに出発。

勝山の町は、南北の通り700mが町並み保存地区として、岡山県の指定を受けている。白壁、格子窓、なまこ壁などが酒蔵、旧家、武家屋敷を形作っている。それに面白いのが各民家、商家の玄関に「暖簾」がかかっていること、そして今日はひな祭りでいたるところにひな人形が飾られていることだ。
十数年か前、妻と二人で来てひな人形を見て以来、この町が気に入って、毎年この時期に訪れている。今日もカメラ胸にぶら下げて2時間ほど歩いた。来る度に、観光客は増えていく。その人たちを町の人たちがもてなしている。微笑ましい姿だと思った。そしてよい一日だった
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明日は俺の誕生日
2026年03月02日
白壁、格子窓、なまこ壁、そして暖簾。なあ、なぎさ。いよいよ明日は待ちに待った俺の誕生日だよ。君が正月の元旦生まれで、俺が3月3日のひな祭り生まれ。正月が来たら9つに縮まったよ。ひな祭りになったらまた10の差に帰ったよって言ってたね。そう、君は俺より10歳若かった。
約束通り、明日は勝山に行くよ。白壁、格子窓、なまこ壁、そして暖簾。それに2月27日から始まったひな祭り、明日がその最終日だから勝山に行くよ。ひな人形見るんだよ。何度か二人で歩いたね。一度は長女と末娘も一緒に歩いたね。あの岡山県真庭市勝山町に行くんだよ。ふたりだけのドライブだよ。楽しみだね。雨が降っても行くからね。




