車の運転は哲学の時間

2026年09月30日

 よく寝ていたのに間が覚めた。目覚まし時計が鳴って目が覚めた。定休日だというのに、何で目覚まし時計のセットなんかするんだよ。自分で自分を叱りつける。時間は8時ちょうど。もう、眠れやしない。しょうがないから起きようか。

 

花 少し早いが出雲市の息子に会うために出発した。面会を終え、雲南市に車を向けた。私は同じ道を通って帰るのは好きじゃない。遠回りして違う道を帰る。雲南市、山並みに点在した集落の集まりの町だ。だけど、私はこんな町が好きだ。田舎育ちだからそう思うのかもしれない。

 

 そして車の運転中は、物をよく思う。よく考える。思索の時間なのかもしれない。他のことをしてる時よりも、深く思う。深く考える。オーバーだが、車の運転は私にとって哲学の時間なのである。え、運転に支障にならないかって。大丈夫、メガネはかけているけど、動体視力は抜群だから。

 

 先日、大山の升水高原に行った時、足元に小さいが可憐な花を見つけた。みんな大山にスマホを向けてるのに、足元を狙っているのは私だけ。そう、花が好きなんだ。その昔、松江市の北山山系を歩いている時、ギンリョウソウの5~6本の集団を見つけた。感動したものだった。

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