店主日記
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鬼太郎メロディーロード
2026年05月27日
昨日の午後から、明日の定休日の午前中、あのお客様がおいでになるのではないか、そんな気がしだした。定休日の張り紙はしても、おいでになる可能性が少しでもあればと今朝いつも通り出勤してきた。だがそれは、私の杞憂に終わった。でも、誠意は尽くした、そんな気持ちになった。
午後になって、中海半周のドライブに出かけることにした。国道9号線を米子市に入った。内浜産業道路を北進した。やがて車は境港市に。するとすぐに、鬼太郎メロディーロードがある。その舗装道路を走ると、タイヤがゲゲゲの鬼太郎のテーマソングを奏でる。
その昔、妻を助手席に、まだ学生だった二人の娘を後部座席に乗せてドライブを楽しんだ。この道を走った。分かるかいと、私。え、何がと妻。ほら音楽だよ。あ、ほんとだ。娘たち、分かんない。え、よく聴こえるよと妻と私。うっそ~と娘たち。
この道を走ると、あの頃を思い出す。楽しかったあの頃を思い出す。・・・巨人軍の阿部監督が、娘への暴力で逮捕された。私は、娘たちにはもちろん、妻に対しても手を上げたことなど一度もない。どうかなと思う時もある。だけど、いつかきっと気付くだろうと信じていた。信ずれば手を上げる必要もない。・・・だから、楽しかったし幸せだった。
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ヤマボウシ
2026年05月23日
一昨日の仕事の忙しさの疲れが昨日の夕方になってやっと出てきた。とろけるように眠ったのに、今朝起きたらまだ気だるい。足腰の関節がぎくしゃくしていてお年寄りみたいだ。それでも車に乗って出勤だ。湖東中学校の脇の街路樹に植えられたヤマボウシの真っ白い花が眩しかった。
今朝の新聞だ。松江市美保関町の美保地区が、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれる見通しとなったと書いていた。官報告示で選定されれば、山陰両県の重要伝統的建造物群保存地区は7か所目となるらしい。美保関の青石畳通り、私の大好きな町並みである。嬉しい。話はヤマボウシに帰る。ある秋の日に頓原だったかな、バンガローに家族そろって泊まった。夕方の散歩だ。ヤマボウシの木の実を見つけた。赤く熟して美味しそうだった。食べてみるかと皆に勧めるが、その気にならないようだ。私一人むしって食べた。昨夜、そんなことを思い出しながら飲んだ焼酎のお湯割りは旨かった。
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読者欄への投稿
2026年05月20日
昨日、急に新聞の読者欄に投稿したくなった。もう一度妻を登場させたくなった。15分で書き上げて新聞社にファックスで送った。それを応接の丸テーブルに置いて帰った。そして今朝、読み直してみた。完璧だ。文字数も400字ピッタリ。でも、非現実的な私の心模様のみを書いたものだから、ボツだろうな。
11時で仕事が片付いた。中海一周のドライブに出かけることにした。ひとりドライは、もの思う。投稿文を反芻していた。主人公はもちろん妻だけど、母も登場させた。そしたら、二人との別れの悲しさがプラスになって、しんみりとしてしまった。
腹減ったなあ、何か食いたいなあ。あ、コンビニがあった。コーヒーはもう飲み過ぎた。「お~いお茶」を手に取った。「シーチキンマヨネーズ」と書いたおにぎりを一つ買った。車で走りながら食べるおにぎりは美味しい。さて、今晩は何ごちそうして食べようか。
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アマリリス
2026年05月20日
今日は水曜日で定休日、だが片付けなきゃあいけない仕事があるので出勤してきた。でもやっぱり定休日、心はあくまでも定休日なのである。そんな今朝、事務所前の鉢植えのアマリリスがほぼ咲いた。今年も咲いてくれた。愛おしいアマリリスだ。
このアマリリス、あるお客さんが昔私が勤めていた職場に持って来たらしい。女の子たちが、面倒見れないからと言って、私のところにこの子の面倒を依頼してきた。私に頼めば何とかなると思ったのだろうか。従って、このアマリリスに出会ったのは、30年も前のことだ。直径10センチほどの鉢に植えてあった。最初、職場に置いていたのだが日当たりの関係から、我が家に持ち帰ってベランダで育てていた。不動産業を開業することになり、事務所を賃貸した時からここへ持ってきた。22年も前のことだ。以来、社員のように接している。いや、社長なのかもしれないね。今30センチの鉢に鎮座していらっしゃる。
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紺色のTシャツ
2026年05月19日
昨夜、寝ぼけ眼でセットしたせいか、今朝の目覚まし時計が1時間遅れの8時半に鳴った。慌てて服に着替えて事務所直行。何とか9時に間に合わせて電気付けてのぼり旗立てて妻の待つお墓に向かった。
それにしても暑い。午前中から路上に設置された温度計は30度を指していた。事務所は、昨日出した扇風機のスイッチを入れた。シャツを脱いでTシャツ一枚になった。よおし、これで何とか過ごせそう。でもまだ、仕事する気にはならないな、体がだるすぎる。
洋服ダンスの引出から、何となく取り出して着たこのTシャツ、なぎさ、空の上から見えるかい。君と二人で買いに行ったあの紺色のTシャツだよ。俺が好んで着た、君が似合うと言ったあの紺色のTシャツだよ。よくこれ着てみんなでキャンプに行ったよね。
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握手しような
2026年05月15日
今日も早く目覚めた。先日の水曜日に作って昨夜も食べた今季最後のおでんをタッパーに詰めた。墓参終わって事務所に着いたのが8時。物価高で不景気なこの頃、家にいるより仕事場の方が落ち着く。朝ごはんに、冷えたおでんにからしを塗って食べた。

一通り掃除終わって歩道の植え込みのツツジに目が向いた。既に花は終わって雨に打ち付けられたその姿は茶色になって自らの葉っぱにへばりつく格好になっている。それだけ見れば、「花の命は短くて・・・」と思ってしまう。でも葉っぱは、緑が増して力強くなっている。
先日、身体に障害を持つ人を別々にだが偶然に二人続けて賃貸物件の案内をした。内一人の人に、私の息子の話をしたくなってそうした。今度見舞いに行ったら、私の代わりに握手してあげてねと、勇気づけられた。その時の、にっこり笑った明るい笑顔が忘れられない。息子よ、今度行ったら握手しような。
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遠回りして帰ろ
2026年05月13日
出雲市の、こころの医療センターに入院する息子を見舞った。病院を後にして道の駅「キララ多伎」に行った。そこから海岸通りを出雲大社方面に向かった。天気が良いからだろう、走りながら見渡す渚の風景が美しかった。渚って、妻の名前のなぎさのルーツなんだろうな、などと思ってみたりもした。
出雲大社が近づいたので、稲佐の浜に向かうことにした。ここは国譲り神話の舞台であり、毎年旧暦の10月に全国の神々を迎える神迎え神事の場所でもある。今日も観光客が、波打ち際で海に戯れていた。そうだよななぎさ、俺たちは出雲大社で出会ったんだよな。あの日も今日のように天気が良かった。

私がドライブ好きなのは、若い頃からそうだったということもあるが、今はもの思うことができるからかもしれない。ひとりだけの車内、流れゆく風景、心地良いエンジン音。そこには現実はない。楽しかった昔の暮らしが次から次へと思いだされてくる。まだ小さい頃の子供たちがはしゃぎまわって楽しそうだ。それを見守る妻の笑顔。だから・・・遠回りして帰ろ。
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祝結婚記念日
2026年05月09日
昨日は4時に事務所を切り上げた。いつものスーパーマーケットでビールと寿司を買った。シャワーを終えてから、リビングのテーブルで妻と結婚記念日のお祝いの乾杯をした。そして、二人で寿司をつまんだ。涙はいっぱい流したけど、楽しかった。久し振りに楽しい夜を過ごした。
乾杯の時、40年前の結婚式の記憶が蘇ってきた。ルーテル教会で挙げた式、ホテル「白鳥」で行った披露宴。参列してくださった一人一人の表情まで細かく思い出された。誓いの言葉は、今でもそのまま繰り返せそうだった。人生に拗ねていた私に、希望を与えてくれたのは妻だと、その時強く思った。8年前に妻が亡くなってから、悲しみの淵を彷徨っていた。どうあがいても、その淵から抜け出せずにいた。昨夜妻と二人でそんなこと話していた時、妻がふと、ヒントをくれたような気がした。悲しみの淵から抜け出せる方法を私に教えてくれた気がした。
一夜明けた今朝、爽やかに目覚めた。よく寝てたなと、もう一人の私が言った。悲しむなとは言わない。泣くなとも言わない。なぎさを思い出し、悲しくなったら泣けばいい。寂しくなったら泣けばいい。涙もいっぱい流せばいい。だけど、それは生きることとは違うんだよ。悲しい時は俺も一緒に泣くからさ、だけど、生きることにも真剣になろうよ。それが淵から抜け出す方法だよ。俺も手伝うからさ。
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結婚記念日
2026年05月08日
今日のこの記念日だからじゃあないだろうが、早くに目が覚めた。墓参を終えて事務所に着いたのが7時ちょうど。たまには早出もいいもんだなあと思った。玄関先の掃き掃除していたら見かけた顔の女性が会釈をくれた。人って、いいな。
痩せたなあと思って昨夜体重計に乗った。48.5キロ。この頃朝ごはん食べていなかったので近所のコンビニで牛乳を買った。昨日売りに来たパン屋さんのコッペパンを食べた。体力つけなきゃあ、スタミナ付けなきゃあ仕事に負ける。真面目に食べようという気になった。
なぎさ、俺、納得できるまで仕事がしたい。だからまだしばらくこっちにいる。けどいつか、必ずそっちに行くからまた一緒に暮らそうな。それまで待っててな。・・・今日は俺たちの結婚記念日だ。仕事早く終わってビール買って帰る。二人で乾杯だよ。
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連休終わって
2026年05月07日
昨日で5月の連休は終了した。正直なところ、みんなには悪いがほっとした。連休は、昔のことを思い出す。妻がいて、3人の子供達がまだ小さくて、家族みんなで楽しく遊んだ記憶が蘇って来る。だがもう、妻は帰ってこない。思いだすと寂しい。
昨日は3時半に事務所を閉めた。家に帰ってシャワーを終えたのが4時。それから焼酎のお湯割りを飲みながら一時間かけてトンカツを作った。まだ明るい太陽の光が窓から差し込んでいた。後ろめたい気もするが、連休の最終日を楽しもうと思った。

この頃カツレツに凝っている。揚げ方ひとつで肉がジューシーになるかパサパサニなるかの分かれ目らしい。男が料理をしたり、花を好きになるのはおかしいのかもしれない。でも、誕生日はひな祭りの3月3日。子供の頃は姉とばかり遊んだ。体も軟弱だった。
そんな男がこの歳になって働いている。しかもフルタイムで。ひとりでよくこの店やっているねえと人は言う。そう、二人でする時の、何倍かの労力がいる。でも、負けるものか。死ぬまで働き通して見せる。これが私の生き甲斐なんだから。働ける幸せを心の底から感じてるんだから。
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昼下がり
2026年05月06日
今、時計の針がお昼を少し回ったところ、近くのコンビニでおにぎり二つ買ってきた。二つじゃあ多すぎるけど、一つでは足りない気がして。そう、私のお昼ごはんはいつもこんなもの。粗末なのである。でも夕ご飯は豪勢にしたい。早めに帰ってごちそう作ろうと思っている。
トンカツ作ろうか。その下に何を敷く、ご飯、それともナポリタン?。別皿に野菜サラダも作りたいな。ポテト、ニンジンは必須、ブロッコリーもいいかもね。あ、そうだ。パン粉まだあったかなあ?。でもどうせ使うから、買って帰ろかな。
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思い出が嬉しいな
2026年05月05日
2日も3日も4日も、そして今日の5日も出勤してきた。明日もそうするつもりだ。家にいれば、朝から飲んでしまうし、行楽地に行けば、楽しそうな家族連れを見てしまう。来客があるはずもないゴールデンウイーク、静かな事務所で仕事しよう、と言う気になっている。
3人の子供たちもまだ小さかった頃、この連休にはいつも家族一緒に出掛けていた。本格的SUV、ホンダホライゾンにキャンプ道具積んで出かけていた。行き先は山や海や川、妻もアウトドア派に転身した頃だ。今はその思い出だけ、でも、その思い出が嬉しい。
事務所の隣地に大きな松の木がある。それが私に、年に何十度かの災いをもたらす。先日来の雨風で松葉と花だろうか?、我が駐車場に散乱していた。どころかそこに接する歩道までも埋め尽くしていた。この、幾度かの災いのたびに思う。駐車場はほっとけばいい、だが歩道だけは。ここに生かされてる身としてはほおってはおけない。9時からはじめて11時過ぎにやっと終わった。足は棒、腰には違和感右手人差し指の爪の間から出血。でも終わってみればほっとする。なぎさ、きれいになったよって妻に囁く。よく頑張ったねって、いつもの声が聞こえた。
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山笑う
2026年05月03日
昨日は朝から天気が良かった。チャンスとばかり、ある人を誘って日帰りドライブ旅行を楽しんだ。私は離尿作用のある薬を服用しているので午前中はトイレが近い。それを友に断って所々に道の駅のあるコースを選んだ。道の駅めぐりと言った方が似合うドライブコースだ。
まず安来市の道の駅「あらエッサ」、鳥取県に入って江府町の「奥大山」、国道180号線を日南町に「にちなん日野川の郷」、広島県をかすめてすぐに島根県に戻って「奥出雲おろちループ」、映画「砂の器」で知られた亀嵩の「酒蔵奥出雲交流館」。ここで「Dー269」を仕入れた。

そして雲南市に出て国道54号線の「掛合の里」。昼食はコンビニ弁当を買って、どこか景色の良い所で食べようということになり、日南町で買って「奥出雲おろちループ」の駐車場で食べた。そこから見る山々の風景は、まるで人々が笑いあっているように見える、季語で使う山が笑っていた。(写真は奥出雲おろちループの駐車場から、友写す)
4時に事務所に帰ってきて、のぼり旗しまって、店閉めて友を自宅まで送り届けて我が古巣に帰ったのが4時30分過ぎ。シャワーを終えてビールひと缶の後、「酒蔵奥出雲交流館」で仕入れた「Dー269」(本格的どぶろく)が旨い。270キロの話が弾んだドライブコース、人っていいな。孤独を忘れたいち日だった。
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美保湾の記憶
2026年05月01日
4月29日は水曜日で定休日だったが、昭和の日の祝日だったので休まず仕事をした。その代わり、昨日の30日を代休とした。が、午前中出勤して月末の残務整理をした。そして午後、何もすることがないことに気が付いて、車でぶらっとすることにした。どうして家に帰らないかって、帰ると、昼から飲んでしまうんだもの。
どこへ行こうかと、しばらく考えた。そりゃあやっぱり美保関だよ。時間の関係で、近場のドライブは美保関に行くことが多い。しばらくして車は美保神社参拝用の無料駐車場に入っていた。美保湾と、向こうの山々と、雨雲のバランスが妙に心を引き付けた。

その昔、この駐車場の隅っこは美保湾の海を利用した釣り堀になっていた。結婚してしばらくの後、妻と二人でこの釣り堀にやってきた。そしてタイを釣り上げた。その夜、どうして食べたか覚えてないが、私が調理して食べた記憶がちょっぴりと残っている。そんな記憶が心を巡って、・・・その記憶を大切にしたかったので散策もせずに美保関を後にした。




