店主日記

  • 春が来た? 2026年01月31日

     やっと寒気が抜けた。昨日は自家用車の外気温度計が、2度と3度を行き来していたのに今日は5度。たったそれだけの差が、こんなにも体感温度を変えるものなのだろうか。刺すような寒さはなく、コート着なくても、少しの時間なら室外も平気。そんな春の気配に誘われて、宍道湖一周のドライブに出かけた。

     

    出雲市

     

     宍道湖一周は左回りがいい、宍道湖の水際を走れるから。駅前を通り、宍道湖大橋を渡って浜佐陀町を通過して打出町の入り口にあるカフェの前に車を停めた。ここから見る対岸の出雲市の風景が気に入っている。最大250ミリのズーム部分で目いっぱい引き付けてみた。

     

     昨日、事務所近くのコンビニでカレーのルーを買った。レジの女性、カレー作るんですか?(料理なんかしそうに見えないらしい)。そうだよ、カレーどころか、昨夜はトンカツカレーライス作って食べたんだよ。へー、そうなんですか・・・。こんな爺さんが、今晩は鶏の唐揚げと、ブロッコリーのサラダと、シジミの味噌汁を作ろうともくろんでいる。

  • 春よ、来い 2026年01月30日

     おかしな天気だ。猛烈に雪が降ったかと思うと急に晴れてくる。その晴れ間は続かずまた降って来る。寒い一日になりそう。今日も、エアコンの温かさの吹き溜まりのカウンターにパソコンを置いて仕事をしている。パソコンの隣には、にっこり笑った妻がいる。

     

     明日で1月は終わって2月3日は節分だ。節分は四季の訪れる節目に1年に4回あるらしい。特に立春は1年の始まりの日として尊ばれた。だから節分と言えば春の節分を示すようになったらしい。あ、そうだ。今日は宝くじを買う日だった。行ってこよう。

  • トンカツカレーライス 2026年01月29日

     昨日は水曜日の定休日だった。朝アパートの鍵の引き渡しがあったので出勤した。10時半にそれを終え、1時間余りパソコンと格闘。さあ、これからどうしよう。3時過ぎにはスーパーマーケットで買い出しして4時までには家に帰りたい。

     

    島根半島 美保関に行くことにした。安来市の道の駅、「あらエッサ」に寄った。米子市を北進して境港市に入り、道路が奏でる「ゲゲゲの鬼太郎」を聴いた。境水道大橋を超えて、島根半島のふもとの海沿いを東に走って美保関に着いた。だけど、車を降りるのも億劫だな。

     

     700円でトンカツ用の肉が2枚セットになったのを買ってきた。これにパン粉をつけた。カレーは前日残した蒸し野菜と市販のルーで多めに作った。レンジでチンしたご飯に熱々のトンカツ2枚を切って乗っけた。そしてたっぷりのカレー。

     

     旨かった。若い頃、それからしばらく後にできた新語、フリーターだった私、レストランで、喫茶店で軽食作りに腕を磨いた。この道も楽しいなと、一時そう思った。だが捨てた。きっと、やりたいことが他にある。・・・「その腕が 今役立つ皮肉かな」

  • 寒波もひと休み 2026年01月27日

     今朝も、8時まで眠った。布団から抜け出すのにさらに10分。服だけ着替えて8時半に車に飛び乗った。そして日課の墓参。もし、寂しがっているならと、そう思うと妻に会わなではいられない。そして事務所に9時到着。これがこの頃の私の朝の風景だ。

     

     そう、朝が起きれないのだ。なぜだろう、いろいろ考えてみた。寒さに体力を奪われているのだろうか。奪われた体力を回復するのに、睡眠を欲しているのではないか。そんな気がするけどどうだろう。昨年までは、寒さがなんだよ。そう思っていたのに今年になったら寒さに耐えている。そんな感覚がする。

     

     今朝久し振りに雨になった。最強最長寒波はひと休みと言うところか。あの身を刺すような寒さはない。だがまた明日から雪になりそう。でも今、松任谷由美さんが歌う「春よ、来い」を聴いている。気持ちだけでも、そう思って。

     

     今日から選挙が始まった。接客カウンターに置いたパソコンでこの日記をつけていたら選挙カー。私が支持する政党の女性候補者。玄関のガラス戸越しに目が合った。手を振った。彼女も、寒いのに窓ガラスを全開にして手を振った。頑張ってくれ。

  • 寒波真っただ中 2026年01月24日

     この前の水曜日から寒波が続いている。その頃から手の指先のひび割れがひどくなった。特に右手の親指の先端部分がひどい。今朝、シャツを着ようとしてボタンが止まらない。親指の先端って、重要な部分なんだと改めて思う。そしてしまいには血が出てきた。シャツのところどころを赤くしたのかもしれない。

     

    雪山

     

     事務所内の、エアコンの温風の吹き溜まりのような所を見つけた。椅子とパソコンをそこに置いて仕事をしている。肌を刺すような寒さから解放された。有難い有難い。神はまだ私を見捨てなかった。有難いと思った。

     

     この頃、風呂の湯船のありがたさが身に染みている。額から汗がにじむぐらいになるまで長湯だ。すると、夜の布団の中が温かい。血行が良くなるのかもしれない。昨年の暮、娘たちが帰ってきて浸かった湯船に沈んでそう悟った。

     

     そして裸になった自身の体を観察する。寒さは体力も、養分も奪っていくのだろうか。ずいぶん痩せた気がする。そういえば、夜の食欲が増した。昨夜、鶏の大きなもも肉でから揚げを沢山こしらえた。チャーハンの具に、レンコンを使ってみたら旨かった。二人前ぐらいをぺろりと平らげた。

  • 放浪癖 2026年01月19日

     何の仕事でもそうだろうけど、忙しい時に限ってまた忙しくなるものらしい。今朝事務所を8時に出発して、8時50分に現場に到着、アパートの鍵渡しを終えた。帰りの途中、銀行に寄ってある会社に送金して帰店したのが10時30分。やっと終わった。このところの忙しさが。

     

     そして緊張の糸を切らした私の心は、ふわりと空中に舞った。こうなるといけない。もう誰にも止められない私の放浪癖の目覚めなのである。例えば夜間高校生のある日の土曜日、授業が終わると、僅かばかりの小銭をポケットに突っ込んで自転車で鳥取目指して走り出した。そんな小事よりも私の人生そのものが放浪なのかもしれない。

     

     今日は道の駅「本庄」に行きたかった。市場を散策するのが趣味な私は、よくここを訪れる。そして地元で採れた野菜や果物を買うのが好きなのだ。今日は、夜の酒のつまみに銀杏と、果物の金柑を買った。金柑をひとつ頬張って再び車は走り出した。

     

     さあ、どこを走って帰ろうか。中海を走って大根島に入った。境港市から米子市に出て、安来市の道の駅「あらエッサ」に寄って自販機で缶コーヒーを買って国道9号線を帰路に着いた。僅かばかりの時間だったが、我が放浪癖は満足げだった事に違いない。

  • 嬉しかったから 2026年01月15日

     昨夕、早い時間に風呂上がりのビールを飲んだ。さすがに二日連続の長距離ドライブで疲れたのだろう。夜はごちそう作ろうと思っていたのにその気力が湧かず、餅3個を食べた。醤油味の澄まし汁に別の鍋で煮た餅を入れ、その上に海苔を乗せる。わが故郷仁多の雑煮、うっぷりなのである。(うっぷり、検索できるのかもしれない)

     

     疲れたのに、心地良かった。久し振りに、甘酸っぱい初恋のような気持になった。大田市五十猛町のグロを見に行って良かったと思った。グロの近くの小高い所にある神社で妻と再会できた。10年ほど前の、あの時のあの笑顔がそのままだったから、嬉しかった。

  • 連休二日目 2026年01月14日

    グロ 昨夜テレビが言った。五十猛にグロができて明後日壊されると。じゃあ明日行こうと、そう思った。鳥取の倉吉は今度にしよう、グロが見たい。いつだったか妻と二人で見に行ったグロが見たい。妻の面影と出会いたい、そう思った。

     

     五十猛は昨日のキララ多伎からほんの少し、足を延ばした所。思い出した。グロのある港に行く道もあの時のまま。あの時のようにグロは筵の隙間から煙を上していた。グロの中でもちを焼いて食べたら無病息災とか。

     

     グロを眺める後ろののり面の上に神社がある。あ、神社だわって、妻が見つけた。坂道を登って、信心のない私を残して妻は拝殿に向かった。賽銭を入れ、なにやらお願いをしているみたい。そして振り向いて、にっこり笑って私を見た。

     

     なぎさ、有難う。君の面影と出会えたよ。でもな、本当は、本当はいつもこう思っているんだよ。もう一度、会いたいな。もう一度、一緒に暮らしたいな、と。・・・帰りの100キロ、車の中で泣いちゃった。涙がぽたりぽたりと落ちた。でも今年の泣き初めで泣き収めだからね。

  • 1月月一連休初日(13日火) 2026年01月14日

    荒れた海 年末の26日、私にとっては高額な、そしてまとまった現金を財布に入れた。27日、二人の娘と孫一人を米子空港に迎えた。28日から正月2日まで、精いっぱいもてなした。そして3日から働いた。3連休も休まずに働いた。

     

     正月のお金に多少の残りがあった。この2連休、私を労わってやろうと思った。初日、息子を見舞った後、出雲市の道の駅「キララ多伎」に行った。たまにはいいだろうこんな贅沢も、そう思って2300円の海鮮丼をいただいた。

     

     日本海は強い風が吹き荒れて波を白く泡立てていた。今日は西にやってきた。明日は東に行ってみよう。そうだな、鳥取県の倉吉市の白壁土蔵群でも散策してみるか。そう心に決めた。

  • 心安らかな朝 2026年01月10日

     1枚の食パンを、サンドイッチ用にスライスして2枚にした。ゆで卵を作って、エッグスライサーでスライスして、からしマヨネーズを塗ったサンドイッチパンに乗せた。その上に、冷蔵庫にあったトマトをスライスして乗っけて、あともう一枚のパンで挟んで卵サンドイッチの出来上がり。

     

     荒れる3連休だとニュースは言う。風はあるものの、暖かい陽が差している。ガラス戸越しに、朝日を背中に浴びてインスタントコーヒーと昨夜作ったサンドイッチを食べた。なんて気持ちのいい朝なんだろう。こんな朝は何もしたくない。この気持ちを楽しみたい。

     

     ふと横を向くと、招き猫の置物が朝日を浴びて光っていた。いつの日だったか、妻と二人で岡山県の最上稲荷へ行ったとき買ったものだ。これが貯金箱になっている。ポケットの小銭入れを見たら、50円玉と、5円玉が一つずつ。その貯金箱に、そっと入れた。妻との絆が、また一つ、強くなった気がした。

  • 1月7日・定休日・初詣 2026年01月08日

    地の御前 美保関灯台の奥、島根半島の最東端に地の御前はある。美保神社の飛地境内とされ、鳥居の先は日本海だ。鳥居の中のはるか先に見える島が沖の御前。えびす様こと、事代主命が鯛釣りをしたとされる島らしい。

     

     子供たちと4人で暮らした正月、ほこりっぽくなった部屋に掃除機をかけて昼前に美保神社に向かって出発した。国道9号線を米子市まで走り、内浜産業道路を北進し、途中、道路が奏でる「ゲゲゲの鬼太郎」の音楽を聴き、境水道大橋を超えて美保関に向かった。

     

     車内、先日亡くなった若い頃の兄の顔が、沖縄の海に戯れる妻の顔が次から次沖の御前と浮かんでは消え、また浮かんでは消えた。それにしても、どうして今日はこんなに気持ちが晴れているのだろう。どうしてこんなにも爽やかなのだろう。

     

     昨夜、夢を見た。私が、妻が亡くなった悲しみの気持ちを先日亡くなった兄に打ち明けている、そんな夢だ。時空的に考えれば全くでたらめなのだが、そんな夢を見た。兄とどんな話をしたか分からない。ただ、悲しみを打ち明けたことまでは覚えている。そんな不思議な夢だった。

     

     兄は私に、天国のことなども聞かせてくれたのかもしれない。天国の、妻の様子も聞かせてくれたのかもしれない。天国の妻の気持ちも聞かせてくれたのかもしれない。だからお前はこんなふうに生きていくんだよと、諭してくれたのかもしれない。

     

     中学校を終えて松江に来た時、仁多弁の私は松江の人に言われたことがある。お前、日本語しゃべれやと。途端に気持ちが沈んだ。それを、わざわざ松江に私を訪ねてくれた兄に愚痴ったことがある。目糞が鼻糞を笑ってるんだよ、気にするな。その言葉に勇気をもらったことを思い出した。・・・ちさんちゃん、ありがとう。

  • ちさんちゃん、安らかに 2026年01月06日

     昨夜、沖縄に住む二番目の兄の息子から電話があった。元旦に父が亡くなったと。そうか、と思った。兄にもとうとう迎えが来た、そう思った。順番が来たんだなあと思った。悲しいとは思わなかった。寂しいとも感じなかった。ただ、なぜか電話を切った後、涙がこぼれてきた。とめどなく。小さいあんちゃんだったから、ちさんちゃんと呼んでいた子供の頃が蘇ってきて。

     

     私はこの兄に、妻が亡くなったことを伝えなかった。わざわざ、沖縄から葬式に来る必要はないと思っていた。伝えれば、来いよって、そう言っているようで、だから伝えなかった。そもそも、数十年会ったことも無い。電話で話したのは20年ほど前。それ以来、連絡は途絶えていた。

     

     彼は、私の結婚式には、喜んで沖縄から駆けつけてくれた。前の晩、我が家で夜が更けるまで二人で飲んだ。人生を語り合った。遠い存在の兄弟のようだが、決して仲が悪いわけではない。お互いが、信じあっていた。固いきずなで結ばれていたと思う。悲しくはなかったが、だから、とめどなく涙がこぼれたと思う。ちさんちゃん、安らかに。・・・

  • 正月休み最終日 2026年01月04日

    ラッシェル車 昨夜、10時に布団に潜り込んだ。今朝10時、布団から滑り抜けた。12時間寝たことになる。正月の疲れも飛んで行ったか?。先日、婿殿の両親からいただいた大きなもちもちの菓子パンをリュックに入れた。これが今日の朝食と、そして昼食になる。

     

     いつものように公園墓地に向かった。妻の墓石に額ずいて誓った。なぎさ、君が亡くなった悲しさに俺は負けていたよ。この7年間、寂しさに負けていた。だけどもう大丈夫、今年の俺は仕事の鬼になる。茨の道とは言わないが、俺にはラッシェル車が通る雪道が似合ってる。難儀な道が似合ってる。昨日も今日も、パソコンと格闘だ。

  • 二日 2026年01月02日

    山陰道 今日、二人の娘は帰って行った。長女は鳥取市にある婿殿の実家へ。末娘はやくも号、新幹線を乗り継いで東京のアパートに帰って行く。そんな訳で、朝9時半に自宅をみんなで出発した。末娘を松江駅に見送った。今度いつ会えるだろう、ちぎれんばかりに手を振った。そしてその足で鳥取市に向かった。

     

     雪が降って積もってきた。鳥取に向かいながら、娘がどうすると心配そう。明日でもいいよって言う。いや大丈夫だ、行こうと私。何とか無事に鳥取に着いた。婿殿に、そのご両親に挨拶して帰路に付いた。またひとりぼっちになっちゃった。あんなに賑やかな6日間だったのに。妻の顔が浮かんできた車内。寂しさに、涙が頬を伝って落ちた。

     

     夜になって、一人炬燵で飲んでいた。長女の言葉を思い出した。明日でもいいよ。長女は、明日の方が良かったのかもしれない。もう一晩、私の家に泊まりたかったのかもしれない。どうして、そうだな、明日にしようかと言えなかったのだろう。すまなかったと思った。ごめんなってつぶやきながら、また涙だ。

  • 元旦 2026年01月01日

     午前中、みんなして出雲市に息子を見舞った。帰り、どこかに行きたいと言う孫の願いでフォーゲルパークに行った。正月元旦とあって、来客少なめ。お陰でじっくりと遊べた。楽しいなと思った。ほんと、孫って可愛い。

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