店主日記

  • 秋の気配 2022年08月19日

     娘の運転免許証の更新で朝から免許センターに行った。受付、視力検査、写真撮影の時は孫と一緒に娘について歩けるからまだいい。さて、娘は講習会場入りした。ロビーで私の腕の中、ニコニコしていた孫なのだが20分も経つと母恋しさの限界が来た。大泣きをする。講習会場に聞こえては、職員たちも迷惑だろうと玄関先に出た。

     

     しばらくした頃、一人の職員さんがやって来て授乳室がありますからどうぞ。外は暑いですからとその部屋に案内してくれた。誰かがいたたまれない気がして職員さんに言ってくれたのだろう。有難いと思った。人って優しいな。家に帰って一息ついて、さあ、仕事の再開だと空を見上げれば秋の気配。今日はなんだか清々しいな。

     

    秋の気配2

    秋の気配

  • 今度会うのはいつだろう 2022年08月17日

     明日から仕事なんだと、今朝早くに出雲空港から東京に帰って行った末娘。今度会えるのはいつだろう。

     

    娘達

  • ひまわり 2022年08月15日

     1970年に公開されたイタリア映画で「ひまわり」というのがある。興味がある人はネットで調べてみてほしい。若い頃、松江市の映画館で見たことがある悲しい映画だ。戦争で男女が引き裂かれる映画で反戦の思いを感じさせてくれる。スクリンに、見渡す限り広がるひまわり畑。撮影場所はウクライナだそうだ。今戦争に巻き込まれ、多くの犠牲が。民間人、子供たちまでもが。ひまわりはウクライナの国の花である

     

    ひまわり

     

     今朝、孫を連れて娘二人と4人で雲南市に咲くひまわりを見に行った。心の駅陽だまりの丘、ひまわり畑そのものが迷路になっている。その発想がおもしろい。だが、その盛りは過ぎていた。それでも、あちらこちらに遅咲きのが目を楽しませてくれた。ウクライナの惨状を思いながら映画ひまわりを思い出した。

     

     この日記を書き始めた時、全国戦没者追悼式のテレビ中継が始まった。今日は終戦の日、いや多くの犠牲者を出してしまった敗戦の日なのである。終戦2ヶ月前の昭和20年6月の御前会議で戦争続行が決められた。竹槍でBー29に勝てる訳もないのに。おろかな指導者たちのためにあの沖縄が、そして広島、長崎に原爆が投下された。

     

    送り盆

     妻をお墓に送って行った。その足で美保関に「ちょっとドライブ」

     灯台の麓から日本海を望む。絶妙な雲のバランスとあくまでも青い海。美しい。末娘が姉が甥っ子を抱っこしてるのを海をバックに写真を撮っている。何枚も何枚も連写が続く。

     

    青い海

     

     振り向いて帰り道、目の前を覆ってくれるのは鱗雲。綺麗だなあ。どの雲の上にいるんだろう。あいつのことだ。きっと我々の姿を見守っているのに違いない。おーい、天国は楽しいかい。好きだよー、愛してるよー。

     

    うろこ雲

  • シジミ汁 2022年08月14日

     昨日のことだ。そのまた昨夜から今晩はお寿司が食べたいと娘たちが言っていた。それじゃあ汁物も欲しいなと、そう思ったらシジミ貝のことが頭に浮かんだ。ちょうど娘が朝、友達に会うからとあるカフェまで送って行ってと言う。それじゃあ出かけたついでにと、本庄の道の駅に行った。ここに、いいシジミ貝が売れていることを知っていたからだ。

     

     シジミ貝をゲットして駐車場に戻る時、ふと中海を見たら八束町の島が浮かんで見えた。テレビの宣伝で有名になった「ベタ踏み坂」が見える。ああ、なんていい風景なんだ。車に常備の望遠系ズームレンズを取り出した。パソコンに取り込んで拡大してみればベタ踏み坂に車が見える。アクセルをベタ踏んだ車が蟻の行列のように見える。

     

    ベタ踏み坂

     

     昼前から砂抜きしておいて、寿司の共に真夏のシジミ貝の美味しさを堪能した昨夜であった。

  • 今日は迎え盆 2022年08月13日

     ナデシコ

     

    今日は迎え盆。

     まっ直ぐ伸びた道が我が家の庭に繋がっている。庭に入ってその正面が玄関だ。その道と庭との接点で火を焚いた。ごちそう作りで忙しい母に言われて火を焚いた。日暮れ前、ふたつ上の姉と一緒におがらをくべた

     

     どうしてこんなことするのって母に聞くと、「先祖様が帰って来るのに迷わぬよう、明かりを点けてあげるんだよ」と言った。なるほどなと納得した。そう、今日は迎え盆なのである。先祖が帰って来て二晩泊まっていく今日からお盆様なのである。

     

     なるほどなと納得したあの幼い日、あれから半世紀が過ぎた。現在の我が家にもあの世に家族がひとりできた。午後になったらお墓に行って一緒に帰ってこようと思っている。だけど、そんなことありっこないって思う今、幼かった昔に帰りたい。

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