店主日記

  • どこへ行こうか 2022年11月21日

     本堂前

     

     先週の水曜日の定休日は鰐淵寺に行って紅葉を楽しんだ。その後、出雲大社にも行ってみた。駐車場がいっぱいだったので散策は断念した。仕方なく、海辺の道を走って駐車場に車を停めてしばし海を眺めた。風が強かったので白波が立っていた。海も、季節は冬になっていてまた風情があった。

     

     道の駅、キララ多伎をかすめて帰路についた。家に帰るのは早すぎたので事務所に寄って日記を付けた。私は二通りの日記を付けている。この店主日記とかあちゃんの詩だ。かあちゃんの詩は毎日 付けている。そして帰ってシャワー浴びてビール飲みながら大相撲観戦しながらトリモツ鍋の煮える音を聞いていた。

     

     今度の休みは勤労感謝の日の祝日と重なる。だから人出は多いだろう。私は、人は好きなのだが人ごみは好まない。何年か前、仕事で横浜の帰宅時の夕方の電車に乗った。連れとはぐれたりして、うんざりした。若い時は苦にならなかったのに。さて明後日はどこに行こう。静かなところがいいな。でも、ほどほどに人がいる所がいいな。天邪鬼なのである。

  • 武蔵坊弁慶 2022年11月19日

    黄葉 先日のこの店主日記に弁慶ウォークに参加したことを書いた。弁慶とはもちろん武蔵坊弁慶のことで、日本各地に弁慶伝承はあるらしい。松江市の長海町にも生誕の地とされる伝説がある。その弁慶が、鳥取県の大山寺から重い釣り鐘を一夜にして出雲市の鰐淵寺に運んだ。その伝承に基づいて、その同じ距離を歩く行事が以前、何年か続けて開催された。それを弁慶ウォークと言う。

     

     もし、あれから歩き続けていたらと考えながら歩いてみた。この坂道、私の足ではやはり無理だっただろう。だけど、悔しいな、なんて今になっても悔しがる30年前の記憶をたどっている私に気が付いた。

     

     あの頃携帯持っていたかも忘れた。電話ボックスがあったような。玉湯町林の宍道湖ふれあいパークのパーキングエリアで電話した。リタイヤしたから迎えに来てくれと。朝の7時だった。ホライゾン(イスズのビッグホンをホンダが販売していた)を運転して妻がやって来た。まだ幼児の長男を隣に載せて。「大丈夫?」って言ってくれた。携帯のことは忘れたけど、あの時の言葉は昨日のことのようによく覚えている。

     

     長い石の階段を登り終えた時、その時の記憶が蘇ってきた。小降りだが、鰐淵寺は雨だった。火照ったからだには雨さえも気持ちいい。息を整えながら、ぼんやりと風景を眺めていた。おや、晴れてきた。雨も止んでいる。一本の木の黄葉が逆光に輝いている。神々しい。その黄葉の中に妻の顔が浮かんで見えた。なぎさ、有難うな。こんな俺と一緒に暮らしてくれて。支えてくれて。

  • 神仏のご加護 2022年11月18日

    紅葉 大山寺から、鰐淵寺まで100キロの道のりを夜中中かけて歩く行事があった。弁慶ウォークと言っていた。40歳過ぎの頃、私はそれにチャレンジした。弁慶役の屈強な若い男性が伝説の釣り鐘を担いで歩く。時速5~6キロの早歩きだ。そのテンポに合わせて歩く。前半は何とかついて行けてたものを、とうとう国道9号線の玉造温泉を過ぎたあたりで残念ながらながらギブアップした。あと、20数キロだったのに。

     

     先日鰐淵寺に行って、駐車場から本堂まで歩くのに、あんなに疲れるとは。疲れるけれど、励ましながら歩いた。その時、疲れは人の心を動かすものなのかもしれない。そんな気持ちが心をよぎった。口に出して表現するのは難しいけれど、今までになかった何かが芽生えたらしい。

     

     入山の切符の裏にこう書いてある。「山深い神仏の里にお参り頂きありがとうございます 石段や山道など、お足もとに十分注意してお参りください。皆様に神仏のご加護がありますように祈念申し上げます 合掌」

     

     私は今まで、神仏のご加護など信じたことなど一度もない。信じるのだとすれば己自身のみ。私の行動如何によって、人生は変わるのもだと思っている。だが、心の奥に何かが潜む時、それが悲しさや寂しさなど心地良いものではなかった時、修行による体の変化によって心に何かが芽生えてくるのではないか。そう思った。だから修験道道場は険しい山道を登った所にある。そんな気がした。

  • 俯瞰してみる 2022年11月17日

     昨日は鰐淵寺に行った。坂道を歩く時、時々雨が降ってきた。石段を登り終えた時、荒れた息を整えようとしている私がいた。年老いてきたのかもしれないと、そう思う私がいた。マスクからもれる息が、メガネを曇らせ不快に思う私がいた。

     

    紅葉

     

     若いカップルには思わない。中年の、あるいはそれ以上の年齢のカップルとすれ違うと、いいなって思ってしまう私がいた。うらやましがる私がいた。時々晴れ間がのぞく風景を何気なく見ていて、私って何だろうとそう思う私がいた。

     

     事務所に帰って店主日記書き終えて、買い物してシャワーを浴びた。テレビの大相撲見ながら、テーブルの上にトリモツ鍋が煮え立つのを待っていた。ビールを飲み干す音がグビリと聞こえた。また、長い長い夜が始まった。

     

     今朝、出勤して、事務所前に溜まった落ち葉を見た。いつもはうんざりするのだが今日は違った。落ち葉入れの段ボール箱を持ってきて黙々と片付けた。久し振りに、事務所に隣接の交差点の歩道の上を掃き清めた。体に、薄っすらと汗が浮くのが分かった。気持ち良かった。・・・そう、やっと自らを俯瞰する、そんな気持ちになれたのかもしれない。いい気持ちなので、立て続けにインスタントコーヒーを3杯飲んだ。

  • 休みの日は早く目が覚める 2022年11月16日

     目的も決めていないんだから、もう少し寝ていればいいものを。そう思うのだが早くに目が覚めた。だけど、室内の掃除などする気になりゃしない。昨日、行ってみたいなって軽く決めていた出雲市の鰐淵寺に行くことにした。

     

     30年ほど前に、県外から来た同僚を連れて行ったことがある。それ以来だ。その前は新婚だったころ、妻とふたりで来た記憶はくっきりと残っている。ちょうど、今の季節だった。あの日は紅葉がきれいだった。帰りに、大はかやで鰻重食べた。肝吸、うまかったな。

     

    紅葉

     

     車を駐車場に置いて、そこからずいぶん距離がある。おまけに上り坂だ。最後に、長い石段上ったら汗かいた。息が弾む。マスクでメガネは曇る。風景なんて見えりゃしない。写真なんて、写せりゃしない。燃える紅葉が、昨日のことのような思い出になって、鰻重の旨さに似て心に染みる。

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