店主日記

  • 出雲一の宮の散策 2020年12月10日

     昨日あれから3時に家に帰った。断捨離はもう疲れていてできないし、かと言って飲むのには早いし。車でぶらっと熊野大社に行こう。そうしようそうしよう。散策の中に新しい発見があるかもしれない。

     

     出雲一の宮「熊野大社」は我が家から車で20分の所にある。何年か前の正月、歩いて行って参拝したこともある。私にとっては馴染みの神社だ。楽しそうな若者達が数名。幸せそうなカップルが二組。仲良さそうな親子連れだろうおばあちゃんと中年の女性。岬めぐりの歌の歌詞が心をよぎる。「幸せそうな人々達と岬を回る一人で僕は」

     

     でも、心の中にはかあちゃんがいるんだ。・・・なんて美しい風景なんだろう。出雲一の宮のこの姿。

     

    熊野大社

     

  • 朝日 2020年12月09日

     朝日

     

     今日は定休日なのに仕事がある。なぜか、定休日には仕事がよく入る。とかくこの世はままならぬとはこんなことを言うのか。昔の人は良く言ったものだ。感心する。昔の人の方が、とんち力があったのかもしれない。テレビでこの頃のお笑い番組を見る時、いつもそう思う。

     

     てな訳で出勤してきた。朝早くに。とは言っても、やはり定休日は定休日。心はのんびりしたものである。同じ風景を見ても、心にゆとりがある。日の出はいつ見てもいい。これから、太陽のエネルギーが街を覆っていく。エネルギーがみなぎって来る。仕事が済んだら、何をしよう。

     

     今県庁に行ってきた。これで今日の仕事は終わった。さあ、これからどうしよう。お墓の花生け替えて、家帰ろうかどうしよう。

  • 初霜 2020年12月06日

     初霜

     

     今朝、今季の初霜を見た。初氷もあったとか。平年の初霜は松江市で11月22日だから今季は14日遅いことになる。でも、予報では今年の雪は多いという。先日、自家用車はディーラーでスタッドレスタイヤに履き替えた。営業車は後日、自分で替えようと思っている。

  • 喜びの涙を知った日 2020年12月05日

     先日、嬉し涙を書いた。そう言えば、嬉し涙を何回流しただろう。小さい頃からの記憶をたどってみる。が、ひとつ見つかったけれどあとは見つからない。嬉し涙は、私の人生で2回だけ。53歳の師走に1回。そして先日。悲しみはいっぱいあったけど、涙を流すほど嬉しいことはなかったということだろう。

     

     52歳の年末、病気で仕事を失った。途方に暮れた。長男は中学生、二人の娘は小学生。障害を持つ長男の世話で妻は働けない。人生最大のピンチである。3ヶ月悩み苦しんで、消去法で、不動産業を立ち上げようと決意した。それしか生き抜く方法はない。そして6ヶ月の猛勉強。宅建の免許である。

     

     合格発表の日、朝一番で建築センターへ行く。合格者名を記した、A3の白い紙を見る。あった。私の名前があった。猛勉強が実を結んだ。安堵して、車で宍道湖一周することにした。喜びをかみしめる時、涙がにじんできた。走る車の前方が見えにくい。けど、遠慮なく涙はあふれる。初めて、喜びの涙を知った日である。

  • 嬉し涙 2020年12月03日

     昨日の午後は写真の種分けをした。アルバムの一冊一冊をめくってみる。これはこの段ボール箱。これはあの段ボール箱と種分けていく。思えばよく写したものだ。時に変顔もあるが、みんな笑った写真が多い。長男も、長女も、末っ子も、そして妻と私。笑顔に幸せが溢れている。

     

     昼から煮込んだおでんが旨い。晩酌も進む。食器を洗い終わって、布団を敷いといて、そして炬燵の中。片手には焼酎のお湯割りがある。まだ8時半。やっと8時40分。後5分。遅々として進まぬ時計。9時になったら電話しよう。

     

     長女から、9時にならないと電話出れないと言ってたよと聞いていた。果たして出てくれるのだろうか。不安だ。でも掛けてみた。出てくれた。1分も話しただろうか、でも嬉しかった。嬉しさのあまり長女に電話した。末っ子と話したよって。じわっと涙がにじむ。まもなく粒になってこぼれていく。ひとつ、ふたつと。嬉しくて。

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