店主日記
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親ばか、それとも爺ばか
2022年03月25日
娘からラインが来た。洗濯物を取りに来てと。写真も送られてきた。「あ、俺だ!」思わず声が出てしまった。静かに眠っている写真だ。妻に似たところもある。私の母が、私が小さい頃よく言って聞かせてくれた。お前はね、生まれた時、寿老人かと思うほど額が長かったんだよ。なんどもなんどもその話を聞かせてくれた。そして赤ちゃんの頃の写真を見せるのである。なるほど、額が長い。
当時、男の子はみんな坊主頭だった。父親がバリカンで刈ってくれていた。小学校に入る少し前のある日、母が床屋に行こうと言った。え、何のために。そう思った。「お前は可愛いから髪伸ばそうかと思う」と言った。床屋の前まで母と一緒に行ったのだが、断固として拒んだ。そんな思い出が蘇ってきた。
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ふたりの孫だよ
2022年03月24日
定休日の昨日は早くからひとり自宅で祝杯を挙げた。母子ともに元気で、無事出産を終えた喜びをかみしめながら。そんな夕方動画付きのラインが娘から届いた。大きな声で孫が泣いている。はち切れんばかりの生命力がみなぎっている。さすが我が娘の子供。安酒だって、こんなに旨い。
今朝は早くに目覚めた。早くに出勤していつもより念入りに事務所を磨く。そして定刻になって墓参に向かう。妻の墓石の前で動画を開く。公園墓地に孫の鳴き声が広がっていく。かあちゃん、こんなに元気な孫が生まれたよ。かあちゃんと俺の二人の孫だよ。どこかかあちゃんに似てるよな。元気に育つよう、天国で見守っていてくれな。
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新しい命
2022年03月23日
昨日の夜遅く、娘に男の子が誕生した。この世に新しい生を授かって娘に新しい家族のひとりが誕生した。海外に転勤で行く夫とはしばらく一緒に暮らせないけれど、娘家族に新しい命が誕生した。めでたいと思う。しばらくは我が家で暮らす娘とその子、婿殿、任せてほしい。私にとっては、妻のDNAを受け継いだ新しい命。妻の生まれ変わりだろうかと、そんなふうに思えるのである。
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彼岸の中日
2022年03月21日
春分の日の今日は彼岸の中日でもある。お墓や仏壇の掃除、そして供養を行い、それに合わせて自身の日頃の行いを見つめ 直す、そんな日なのだそうだ。・・と、ここまで書いたところで一度ペンを置く。そして私は何が書きたいのだろうと、パソコンから離れて気持ちの整理をする。時々ある私が日記を書くパターンなのだ。
山本コータローが歌った「岬めぐり」の歌詞の中に「岬めぐりのバスは走る。僕はどうして生きていこう」との一節がある。彼女を失った(亡くしたんだと思う)彼は、これから一人で、どんな気持ちで生きていったらいいだろうかと、そう思うからこの歌詞なのだろう。
先ほども書いたのだが、自身の日頃の行いを見つめ直すのが彼岸であるらしい。私は毎朝の墓参の時、わずかな時間なのだけれど、どうして生きていこうかと妻に問うている。そんな心になるのが墓参らしい。けれど、先が暗いからではない。昨日の反省を含め、見出した明かりに今日はどうして近づこうかと問うているのである。いつまでも、いつまでも妻と一緒に歩みたいのである。
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本当の春が来た
2022年03月17日
久し振りに仕事のない昨日の定休日だ。まだ陣痛の気配のない娘を連れて妻への墓参の後、奥出雲町に向かうことにした。月に一度は行く奥出雲町なのだが冬は雪の危険があるので昨年の暮れから3ヶ月振りだ。
国道314号線から三沢の町の方向にそれる。ここが三沢の中心だ。あそこの丘の上に私が通った中学校があった。今は小学校に建て変わっている。ここの公民館が以前は小学校だったんだ。中学校は今統合されて仁多中学校になっている。などと説明の後、しばらく走ったら我が生家の近くに来た。そうだ、先祖のお墓に行こうな。

横田に行った。一風庵でわりご蕎麦を3枚ずつ食べた。近くの松葉屋で生どら焼きをひとつずつ買った。それを持って道の駅「おろちループ」に行った。誰もいない、人っ子一人いないそこの駐車場で生どら焼きを食べた。娘「うん、美味しいね」 残雪の山肌をバックに、まだ葉のない木が、春の日差しに輝いて見えた。若葉を宿そうとする力強さをみなぎらせて。そして、まだ見ぬ孫の顔が脳裏に浮かんだ。




