店主日記
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有難うございました
2025年03月06日
私が入院している日に、私たちの仲人だった人が亡くなったという知らせが届いた。入院中に、葬儀は執り行われた。私たちの仲人は、私の中学生時代の英語の先生だった。退院して雪の心配もなくなったある日、奥出雲町の先生の自宅を訪れた。留守だった。玄関にメモと一緒に香典を置いてきた。
先日、留守をしていて申しわけなかったと、息子さんから連絡を頂いた。息子さん、私たちのことを良く知っていてくださっていた。実のところ、私は息子さんとは面識がない。だが、あれだけ私たちのことを知っていらっしゃっるとは思ってもいなかった。先生は、それだけ私たちのこと、気にかけて頂いていたのだと思った。私たちのこと、家庭で良く話題になさっていたのだと分かった。有難いと思った。感謝の気持ちが胸にあふれてきた。

写真は先日のテレビニュースでの一場面だ。出雲市と岡山市を結ぶ「やくも号」、段階的に新型車に替わった。こうして、新旧同時にその姿を見るのはこれが最後だとか。大の鉄道フアン、将棋の藤井聡太七冠が出雲市にやって来たらしい。若い頃、岡山からの仕事帰りにやくも号に良く乗った。食堂車で飲んだ酒の味が懐かしく思い出された。
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誕生日
2025年03月03日
今日の3月3日は私の誕生日だ。私より、10歳若かった妻が7年前に亡くなったから、私は妻より17年間も長生きしていることになる。今朝も雨の中で墓石に話しかけた。なぎさ、今日は俺の誕生日だよ。これからも、君の分まで長生きするよ。そして、君はいつまでも俺の心に生きているんだよ。だからこれからもふたりの人生だよ。
昨年の秋に、宅地建物取引士の免許更新をした。暮れに、不動産業の県知事免許の更新を終えた。これで後5年間は営業できる。そして先日、自動車運転免許の更新を終えた。今日、新しい私の誕生日を迎えた。何もかもリセット完了。新しい気持ちで生きていく。
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プロの味
2025年03月02日
昨日はあんなに穏やかで暖かだったのに、今朝目が覚めたら雨が降っていた。予報では、昨夜の早くから降ると言っていたので一晩中降っていたのかもしれない。出勤コースの途中に風景はぼやけていた。水蒸気は遠くの山の風景を消していた。
昨夜、焼きそばを作った。肉と野菜と麺をフライパンに入れて炒めてソースをかければ出来上がるのだろうが、私は少し違う。焼きそばと言うからには、そばを焼く。こんがりときつね色になるまで焼き上げる。そうすると食する時、焼きそばのそば感覚が何ともたまらないのだ。昨夜もそうして食べた。最初は旨いと思った。が、半分食べ終わったところでそうでもない気がしだしてきた。その時、同級生と昼に食べた「ふじな亭」の食事を思い出した。昼はパンひとつの私に食べきれるだろうかと思うほど、品々は豊富で量も多かった。
ところがである。私の席に置かれたその品々は見る見るうちに減っていった。お腹いっぱいと言う、その感じすらない。もちろん途中で味変するなどもない。美味しく美味しく米ひと粒も残さずに平らげた。夜焼きそばを食べながら思った。あれが本当のプロの味なんだ、と。
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シンメトリー
2025年03月01日
集合場所は松江の老舗、皆美の支店の「ふじな亭」。米子市のメンバー二人が今日の主人公だ。その助っ人に松江市の4人が加わって6人の集まり。今度の7月7日に行われる同窓会の打ち合わせだ。担任の先生の米寿のお祝いのこともあって、念入りの打ち合わせだった。

1時間半ほどで打ち合わせは終わった。ほっとした気持ちで背面にあった宍道湖を振り返った。波ひとつない湖面に浮かぶ幾本かの竹の杭。同じ形が反対向きに湖面に写されていた。シンメトリーと言う言葉が妙に心を揺さぶった。人と人の心にシンメトリーなんかありゃしないのに、とふとため息をついた。
昨日のお客さんも、知的障害を持つ子との暮らしに悩んでいた。先日の一週間の入院生活で我が家に溜まった新聞受け、それを見た人たちで大騒ぎになったとか。同じ子のことでも、でもどこかが違う。たかが新聞で、本当は心配なんかしていないのに、思いの何かが違う。人と人の心はシンメトリーなんかになりゃしない。だから、傷つけ合って生きていくんだね。
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定休日のドライブ
2025年02月26日
定休日には、仕事がよく入る。今朝も9時に出勤して10時までにふたつの仕事を片付けた。さてどうしよう、やっぱり少しは車で走りたいな。八雲町から広瀬町に抜けて、安来市の道の駅「あらえっさ」に寄って、ゲゲゲの鬼太郎を奏でる道を走って八束町から本庄町に出て帰ろうと決めた。
国会中継からスピーカーの音はCDの音楽に替わった。大好きな曲、「かぐや姫」の「神田川」と「赤ちょうちん」を繰り返し聴いた。そして口ずさむ。赤ちょうちんの歌詞の「3帖の下宿」は、夜間高校に通ってた時の3帖の私の借り間を思い出して懐かしい。
赤ちょうちんだ。彼と別れた雨の夜、彼女は公衆電話の箱の中で膝を抱えて泣いた。そしてこう思った。「生きてることはただそれだけで、悲しいことだと知りました。」この部分の歌詞を口ずさむ時、いつも涙で視界がかすむ。妻とふたりでいちばん多く聴いた曲だからだろうか。
さあて、午後2時になった。焼酎とビールを買って帰って、新聞紙括って指定の場所に出して、部屋に掃除機かけた後、一週間分の食料を買って来よう。あのいつもの同郷のレジの女の子とひと言話そ。明日仁多へ行くんだよって。私の仲人してくれた方に線香をあげたくて。入院の日に葬儀だったからまだ行けてなくてって。




