店主日記

  • 選ばれし者、それとも 2025年08月17日

    ひまわりの花 もう一日休めばいいのに、仕事に出てきてしまった。パソコンを眺めながら楽しかった盆を思い出していた。今朝も、昨日帰って行った長女からラインが届いた。「最高の夏休みでした。またすぐ帰るけん」と。そしてこう返しておいた「うん、すぐ帰っておいで」と。

     

     いつもそうだけど、娘達がいる時は特に強く思うことがある。今ここに、なぎさがいたらどんな顔をするのだろうか。今ここに、なぎさがいたら何を言うのだろうか。今ここに、なぎさがいたらどんなに孫を可愛がるのだろうか。はち切れそうな、その時の嬉しそうな顔が浮かんでくる。

     

     よく考える。ニーチェの本を持って歩いた若い頃と全く違った人生をよく考える。楽しかった妻との家庭生活。それも7年前に終わった。心に残る妻との思い出の生活。現実では無い心の中だけの思い出の生活。心の中の思い出が現実へと、そして未来へとつながっていく非現実的な世界。何かの為に、私は選ばれし者なのだろうか。それとも、見捨てられた者なのだろうか。

  • 楽しい盆休みが終わった。 2025年08月16日

     初日の10日、中国地方は大雨が降った。そのために岡山からやって来る伯備線の特急「やくも号」が止まった。ふたりの娘と孫、鳥取駅までなら間違えなく帰れるから、と言うことで鳥取駅へ迎えに行くことになった。松江に帰ったら夕方、今晩はコンビニ弁当にしようか。

     

    やくも 11日、12日、13日、14日、15日とあっという間に盆休みは終わった。14日、15日にお墓には行かないのと言う娘に、13日の夕方にお母さんは家に帰ってきたから、今お墓にはいないから行かないよ。だから帰る道を迷わぬよう。13日の夕方には部屋中の電気をこうこうと付けておいた。

     

     そして16日の午前中にみんなで墓参を終えた。その足でショッピングセンターで時間をつぶした。そして松江駅。私は入場券を買ってプラットホームで見送った。特急やくもは、あっという間にホームに滑り込んで、手を振る間もなくあっという間に娘達を連れ去った。いつ今度会えるか分からないのに、もう少し別れの余韻を残してくれてもいいじゃないか。ああ、またひとりぼっちになっちゃった。駅の地下駐車場を離れる時、いく粒かの涙が頬を伝って落ちた。

  • 終戦の日 2025年08月15日

     昨年だったか一昨年だったかは覚えていないが,Butter Yellow Kafeさんの黄色い建物が一畑薬師の参道に誕生した。娘たちの希望で午前中に行ってきた。入り口から入って正面の宍道湖の方向に大きな窓があって、眼下に杜の雄大な風景が広がっていた。右側方面には宍道湖の一部が山の上に浮いて見えるのもおもしろいと思った。

     写真はカフェと、階段を上る参道との中間あたりから樹間を通して撮影した。手前にある杜と、はるか向こうに見える中国山地の手前に宍道湖が手前の山々に浮いて見えた。

    参道より

     

     孫はプリンを食べた。娘はシフォンケーキを頼んでいた。私はモカコーヒーを頂いた。満席のテーブルには、それぞれの人々がそれぞれの身近なできごとなどで談笑していた。私のテーブルにも、娘二人と孫がひとり、誰の顔にも笑顔が浮かんでいた。ああ、幸せだなあと思った。ひとり暮らしの私にもこんな家族がいる。そう胸に刻んだ。

     

     今日は終戦の日、戦後80年の節目の年だ。政府主催の全国戦没者追悼式で、石破首相は13年ぶりに「反省」の文言を盛り込んだ。そして、「あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻み込まねばならないと」とした。そう、あの戦争で、日本人の310万人の犠牲があったらしい。現在を生きる私たちは、今の幸せを大切にしなければならない。今日のカフェの幸せで改めてそう思った。

  • ソフィアローレン 2025年08月14日

    ひまわりの花 その後、家に帰って夕食を済ませ、団らんを終え、孫はゲームを楽しんでいる。私はパソコンに向かった。映画、「ひまわり」とネットで検索した。当時のイタリアの名優、ソフィアローレンの顔が大写しになった。列車座席に泣き崩れるローレンの画像が再現された。もう、何度この画面を観たのだろう。

     

     イタリア映画だが、ロシアの場面も相当ある。今日行ったひまわり畑は、この映画に登場する、ウクライナで撮影されたひまわり畑にはスケール的には遥か及ばない。だけど、思う。ロシアは、このひまわり畑のウクライナに戦争を仕掛けた。またぞろ、ソフィアローレンが演じた女性の悲劇が、幾人に降りかかるのだろうか。

  • ひまわり 2025年08月14日

     朝8時半の出発で、末娘希望の広島県の世羅町の世羅高原のひまわり畑に行った。数種類のひまわりが、そこら中一面に広がっていた。孫が、喜ぶ姿が嬉しい。当然、娘達も大はしゃぎ。孫の、キャッキャという声が嬉しい。ここに、妻がいたらどんな顔をするだろう。そう思うのも、盆だからだろうか。そんな感慨に浸りながら、私は別のことを思おうとした。それはやはり、辛いからだと思う。

     

     若い頃、いつだったか定かでない。イタリア映画「ひまわり」を何度も何度も観た。結婚直後にロシアの戦地に向かったイタリア兵がいた。その戦争のさ中、彼は負傷して記憶を失った。そしてある女性に助けられた。彼は、その女性と結婚し、子供もできた。

     

    ひまわり

     

     イタリアの若妻は、行方の知れない夫を探しにロシアに行く。そして、とうとう探し出した。でも、妻がいて子供もいた。ある駅で再会をした時、妻は逃げるように来た列車に飛び乗った。そして、泣きながら列車の椅子に崩れ落ちる。これがクライマックスだ。ストーリーはまだ続くが、後は観たくない。世羅高原の目の前一面に広がるひまわり畑が、どことなく懐かしい。

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