店主日記

  • どうしよう 2021年08月25日

     来月になって、天気が良くなったら「瑞穂ハンザケ自然館」に行ってみようと思っている。今日は、朝のうちに通帳の調節をして、月末の支払いが滞りなく支払えるようにしておいた。そして今事務所。両窓を開け、扇風機で蒸し暑さを我慢している。

     

     今日明日の二日間、「いきいきプラザ島根」で「強度行動障害支援者養成研修」が開催される。二日目の明日、その会場で強度行動障害を持つ子の親の気持ちを話すことになっている。なので、今事務所でどう話そうかと考えている。何を話してもいいですよって、担当者は言うけれど、さあて、何をどう話そうか。

     

    屏風

     

     もしもだよ、これが得意分野のことだったり、専門的な話だったら。例えば、ドライブの楽しさとか、楽しみ方だとか。人生って何だろうかとか、どう生きたらって話しだったら何時間でも話すのにな。ボウリングの話でもいいんだよ。

    写真は、カフェ駕籠石庵の座敷に立ててある屏風

  • 茶臼山 2021年08月22日

     茶臼山

     

     標高171.4メートルほどのこの独立峰を茶臼山と呼ぶ。古代出雲では、出雲地方でいちばん神聖な地とされ、神名樋野(かんなびぬ)と呼ばれていた。それが中世以降、茶臼山と呼ばれるようになった。我が家はその麓にあって、リビングから見るその山は今でも神々しい。

     

     どんよりと曇り空が広がっている。私の事務所の、私のパソコンデスクからはその茶臼山の頂がちょっぴり見える。そこを眺める時、心安らぐひと時である。今朝は、その頂き付近だけが明るい。手を振った。かあちゃん、今私が見えてるかい。

     

     先日、南杏子の「いのちの停車場」を読み終えた。先ほど、東野圭吾の「祈りの幕が下りる時」を読み終えた。ふたつとも、命について考えさせる内容だ。そして人生とはと、自分の生き様と照らし合わせて考えることができるものだった。そしてふと気付いた。この頃、私の読書感は変わってきたのかもしれない。

  • 天気と政治家と 2021年08月20日

     もう10日も雨が降り続いている。農家育ちの私は心配になってくる。稲穂の実り具合はどうなんだろうか。野菜の出来は順調なんだろうか。病気は出ていないんだろうか。どうか恵の太陽が現れてくれますように。そう祈っている。

     

     五輪はコロナウイルスの感染拡大の原因ではない、と断言している根拠を正す質問にも、 丸川オリンピック担当大臣は回答をスルー。当たり前だよね、答えられる訳ないんだもの。島根県警だって、五輪警備にあたった7人が感染して帰って来たんだもの。そして、いちにち20数人が感染しているんだもの。五輪開くんなら、自粛なんて関係ないよねって、そう思ってしまうもの。今の政治家って、そんな想像力もないものな。

     

     借家人賠償責任保険の更新に若い女性がやって来た。2年前、私の店主日記を読んで泣いてくれたその女性だ。今日も、いろいろ話した。私の過去のこと、そして現在のこと。そして彼女の仕事のこと。未来のこと。みんな悩みながら、でも頑張ってるんだ。そう思ったら嬉しくなった。

  • オオサンショウウオ 2021年08月16日

     襖の

     

     この夏季休暇は、車の走行距離1000キロを目標にしていた。けど400キロで終わってしまった。「瑞穂ハンザケ自然館」に行くのを最も楽しみにしていたけど、あの大雨が憎い。被災地の人々の生活のみならず、私の心もずたずたにしてしまった。

     

     広島市で、ある大手のアパート建築管理会社が催す不動産業者招待会が毎年開催されていた。そこに、私たち夫婦は毎年参加していた。そして、それが終わるとどこかで一泊して、旅行気分を味わうのが常だった。それが、年間の楽しみのひとつだった。

     

     ある年、岡山県真庭市にある湯原温泉に行くことにした。温泉に入浴の後、夫婦で卓球、いやピンポンかな、楽しんだりもした。あくる日、宿泊したホテルのすぐ近くに「はんざきセンター」があり、入館した。優に1メートルを超えた大きなオオサンショウウオがいて、驚いたその思い出も懐かしい。その思い出に浸りたかった。コロナ禍の中、県外には行きたくない。そう言えば、石見地方にもあった筈。

     

     私の故郷でも、オオサンショウウオのことを「はんざけ」と言っていた。はんざきとは、オオサンショウウオのことである。半分に裂いても生きているというところからその名が付いたとか、かどうかは不明。

     写真は、先日お邪魔した「駕籠石庵」で撮った襖の絵。

  • カフェ 駕籠石庵Ⅱ 2021年08月14日

    フィオーレ

     夏季休暇4日目、誰とも口をきかない日が三日続いた。正直辛い。止み間もなく降り続く雨、外は大雨だが、やはり「駕籠石庵」に行こうと決めた。轍にたまった国道の雨水をタイヤで蹴散らして車は進む。ザバ!ザバ!っと音を立て車は走る。昼ちょうどに大社に到着した。

     

     玄関を入ると、和服姿の店主が出迎えてくれた。これがピオーネだったかシャインマスカットだったか(私の失念)だよって、店主が玄関の鉢植えの葉をめくってひと房を見せてくれた。どうぞお上がりくださいの言葉に座敷の方を望む。漂う雰囲気、その空間は徐々に100年前にタイムスリップしていく。

     

     卵かけごはんセットを頂いた後、店主さんである奥さんが話し相手になってくれた。妻もいない盆。コロナ禍で子供たちも帰って来ぬ盆。コロナ禍で入院中の息子にも面会できぬ盆。ひとりぼっちの盆。こんな時に、長い時間話し相手になってくれた。ものすごく有難かった。車での帰り道の1時間、山本潤子の歌声に合わせて、永い間歌を忘れていた私が歌った。それほど嬉しい午後のひと時だった。

     

    駕籠石

     

     庭の写真は、7月31日付のこの店主日記、「カフェ 駕籠石庵」で友達が眺めてる庭。大きな平たい庭の真ん中の石が「駕籠石」なのである。雨に濡れた石は、より活力が宿っているような、そんな気がするのは私だけ?。

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