店主日記
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心安らかな朝
2026年01月10日
1枚の食パンを、サンドイッチ用にスライスして2枚にした。ゆで卵を作って、エッグスライサーでスライスして、からしマヨネーズを塗ったサンドイッチパンに乗せた。その上に、冷蔵庫にあったトマトをスライスして乗っけて、あともう一枚のパンで挟んで卵サンドイッチの出来上がり。
荒れる3連休だとニュースは言う。風はあるものの、暖かい陽が差している。ガラス戸越しに、朝日を背中に浴びてインスタントコーヒーと昨夜作ったサンドイッチを食べた。なんて気持ちのいい朝なんだろう。こんな朝は何もしたくない。この気持ちを楽しみたい。
ふと横を向くと、招き猫の置物が朝日を浴びて光っていた。いつの日だったか、妻と二人で岡山県の最上稲荷へ行ったとき買ったものだ。これが貯金箱になっている。ポケットの小銭入れを見たら、50円玉と、5円玉が一つずつ。その貯金箱に、そっと入れた。妻との絆が、また一つ、強くなった気がした。
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1月7日・定休日・初詣
2026年01月08日
美保関灯台の奥、島根半島の最東端に地の御前はある。美保神社の飛地境内とされ、鳥居の先は日本海だ。鳥居の中のはるか先に見える島が沖の御前。えびす様こと、事代主命が鯛釣りをしたとされる島らしい。子供たちと4人で暮らした正月、ほこりっぽくなった部屋に掃除機をかけて昼前に美保神社に向かって出発した。国道9号線を米子市まで走り、内浜産業道路を北進し、途中、道路が奏でる「ゲゲゲの鬼太郎」の音楽を聴き、境水道大橋を超えて美保関に向かった。
車内、先日亡くなった若い頃の兄の顔が、沖縄の海に戯れる妻の顔が次から次
と浮かんでは消え、また浮かんでは消えた。それにしても、どうして今日はこんなに気持ちが晴れているのだろう。どうしてこんなにも爽やかなのだろう。昨夜、夢を見た。私が、妻が亡くなった悲しみの気持ちを先日亡くなった兄に打ち明けている、そんな夢だ。時空的に考えれば全くでたらめなのだが、そんな夢を見た。兄とどんな話をしたか分からない。ただ、悲しみを打ち明けたことまでは覚えている。そんな不思議な夢だった。
兄は私に、天国のことなども聞かせてくれたのかもしれない。天国の、妻の様子も聞かせてくれたのかもしれない。天国の妻の気持ちも聞かせてくれたのかもしれない。だからお前はこんなふうに生きていくんだよと、諭してくれたのかもしれない。
中学校を終えて松江に来た時、仁多弁の私は松江の人に言われたことがある。お前、日本語しゃべれやと。途端に気持ちが沈んだ。それを、わざわざ松江に私を訪ねてくれた兄に愚痴ったことがある。目糞が鼻糞を笑ってるんだよ、気にするな。その言葉に勇気をもらったことを思い出した。・・・ちさんちゃん、ありがとう。
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ちさんちゃん、安らかに
2026年01月06日
昨夜、沖縄に住む二番目の兄の息子から電話があった。元旦に父が亡くなったと。そうか、と思った。兄にもとうとう迎えが来た、そう思った。順番が来たんだなあと思った。悲しいとは思わなかった。寂しいとも感じなかった。ただ、なぜか電話を切った後、涙がこぼれてきた。とめどなく。小さいあんちゃんだったから、ちさんちゃんと呼んでいた子供の頃が蘇ってきて。
私はこの兄に、妻が亡くなったことを伝えなかった。わざわざ、沖縄から葬式に来る必要はないと思っていた。伝えれば、来いよって、そう言っているようで、だから伝えなかった。そもそも、数十年会ったことも無い。電話で話したのは20年ほど前。それ以来、連絡は途絶えていた。
彼は、私の結婚式には、喜んで沖縄から駆けつけてくれた。前の晩、我が家で夜が更けるまで二人で飲んだ。人生を語り合った。遠い存在の兄弟のようだが、決して仲が悪いわけではない。お互いが、信じあっていた。固いきずなで結ばれていたと思う。悲しくはなかったが、だから、とめどなく涙がこぼれたと思う。ちさんちゃん、安らかに。・・・
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正月休み最終日
2026年01月04日
昨夜、10時に布団に潜り込んだ。今朝10時、布団から滑り抜けた。12時間寝たことになる。正月の疲れも飛んで行ったか?。先日、婿殿の両親からいただいた大きなもちもちの菓子パンをリュックに入れた。これが今日の朝食と、そして昼食になる。いつものように公園墓地に向かった。妻の墓石に額ずいて誓った。なぎさ、君が亡くなった悲しさに俺は負けていたよ。この7年間、寂しさに負けていた。だけどもう大丈夫、今年の俺は仕事の鬼になる。茨の道とは言わないが、俺にはラッシェル車が通る雪道が似合ってる。難儀な道が似合ってる。昨日も今日も、パソコンと格闘だ。
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二日
2026年01月02日
今日、二人の娘は帰って行った。長女は鳥取市にある婿殿の実家へ。末娘はやくも号、新幹線を乗り継いで東京のアパートに帰って行く。そんな訳で、朝9時半に自宅をみんなで出発した。末娘を松江駅に見送った。今度いつ会えるだろう、ちぎれんばかりに手を振った。そしてその足で鳥取市に向かった。雪が降って積もってきた。鳥取に向かいながら、娘がどうすると心配そう。明日でもいいよって言う。いや大丈夫だ、行こうと私。何とか無事に鳥取に着いた。婿殿に、そのご両親に挨拶して帰路に付いた。またひとりぼっちになっちゃった。あんなに賑やかな6日間だったのに。妻の顔が浮かんできた車内。寂しさに、涙が頬を伝って落ちた。
夜になって、一人炬燵で飲んでいた。長女の言葉を思い出した。明日でもいいよ。長女は、明日の方が良かったのかもしれない。もう一晩、私の家に泊まりたかったのかもしれない。どうして、そうだな、明日にしようかと言えなかったのだろう。すまなかったと思った。ごめんなってつぶやきながら、また涙だ。




