店主日記
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無性に書きたくなって
2026年07月18日
妻と私は、私が35歳の時に出会った。その時妻は25歳。出会ってからしばらくして、松江城でみんなで一緒に写した写真と手紙が妻から届いた。その手紙には、付き合ってほしい、そう書いてあった。私にも過去があった。女性と付き合う気持ちなど、その時にはさらさら無かった。
昨日、自閉症児、者を持つ親の会「あじさいの会」があった。会が終わって、女性7人と私とで食事会をした。妻の話になった。ある人が言った。最初は断られたけどねって、そう奥さんが言ってたよ、と。そんなこと言ったんだな、と思った。最初から相思相愛だったんだよって、そう言っとけばよかったのに。
夜、一人で焼酎のお湯割りを飲んでいた。そしてお昼の話を思い出した。記憶は、あの出会いの日に遡った。あの時届いた手紙に、手紙で返事を送った。私は、女性と付き合う気はないんだって、そう書いて送った。私の過去のこともみんな書いて送った。返事の、あの手紙の文面を思い出していたら涙がぽろぽろこぼれて来た。なぎさ、あの時はごめんな。馬鹿な私が悔しかった。
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暑い朝
2026年07月16日
この頃、異常なほどに暑い。夜中中、エアコンの中で寝たのに暑くて早くに目が覚めた。しょうがないから早めの出勤をすることにした。リュックの一方のショルダーストラップを肩にひっかけて玄関を出た。そこに小学生の登校班が集まりかけていた。その中の一人の男の子に手のひらタッチをした。
妻の一周忌の法要を終えたその日の日曜日の夜、自治会の新役員の集まりがあった。集会所の座敷で、赤ちゃんを抱っこした若いお母さんが私の隣に座った。初めて見る顔だったが、何ヶ月って聞いてみた。5ヶ月だったその子に、私は手を差し出してみた。そしたらどうだ、私に抱っこされにやって来た。おっ、と言って驚いた母の顔。人見知りする子だったのだろう。
二人の娘もまだ家に一緒に暮らしていた。だけど、妻のいない我が家は寂しかった。ましてや、その法要の日の寂しさは重石のように私の心に大きくのしかかっていた。でも、あの赤ちゃんを抱っこした時、心が少し安らかになった気がした。以来、朝会うたびにあの子と手のひらタッチをしている。早いものでもうあの子も1年生だ。
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走るだけ
2026年07月15日
そう、走るだけ。昨夜決めたコースのドライブを実行することにした。米子市から国道181号線を南下、江府町から180号線に乗り換えた。日南町から183号線を走って備後落合へ。314号線を三井野原スキー場方面へ。横田、三刀屋、宍道を通って帰って来た。全走行距離、200キロ。
若い頃から運転が好きでよく走った。よくドライブをした。24時間中、走りっぱなしだったこともあった。母と暮らした時、休みのたびに連れ歩いた。母もそれを喜んだ。妻も晩年はドライブを楽しみにしていた。今度の休み、どこへ行くって、定休日が近づくとそう言って私を誘っていた。
そんな心境と、今少し違うかもしれない。じゃあ、何のために走る。そうだね、一人暮らしが寂しいからかもしれない。車の運転は、私のその技術に陶酔するからかもしれない。夢うつつになれるからかもしれない。うっとりするその夢心地が恍惚だからかもしれない。時々流す涙もまた、いいよね。
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なぎさ!
2026年07月14日
昨夜、案外涼しかったので網戸にして寝た。よく眠れた。8時に目覚まし時計セットしておいたのに7時に目覚めた。瞬間額から汗が出た。仕方なく起きた。出勤の車の中の温度計は30度を指していた。事務所前の掃き掃除してのぼり旗立てていたら汗だくになった。
こんな高温多湿の天気の日は体が気怠い。体の気怠さは心模様にも影響する。辛いなあって思う。切ないなあって思う。今日も一人で働くの、しんどいなあって思う。こんな時、ついなぎさって妻の名を呼ぶ。そして思う。もう一度一緒に働きたいね、って。今日も、なぎさって何度つぶやくのだろう。
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前向きに
2026年07月13日
午前中、あるアパートのオーナーの来店があった。空室の事、そしてその他の話で一時間ほど盛り上がった。あの方は、いつも生き方が前向きなので話していても楽しい。すると、不思議なことに私の心も前向きになれるから嬉しい。
帰られた直後、急に車に乗りたくなった。ケイタイと運転免許証と財布と小銭入れを持って車に乗り込んだ。左回りに宍道湖を一周しようと湖北線に乗った。すぐにコンビニに飛び込んで缶コーヒーを仕入れた。風のためか宍道湖は荒れていた。騒ぐ波は湖底をかき回し、湖水を泥色に染めていた。そんな風景を見ながら、前向きになれた心を確実なものにしようと、そう決意した。




