店主日記

  • 移動カフェ 2026年08月18日

     今朝、やけに早く目覚めた。そして再び眠れなくなった。仕方ないので早い出勤をした。毎日出勤の途中でお墓に行くのだが、今朝の妻の墓石にはまだ陽の光は届いていなかった。頬ずりした墓石はひんやりしていて気持ちが良かった。営業準備が整ったのが7時30分。

     

    宍道湖 営業時間にはまだ早い。そうだ、コーヒー作って宍道湖に行こ。宍道湖見ながら移動カフェでコーヒー飲も。松江駅前を通って宍道湖大橋を渡った。千鳥町の湖北道路に宍道湖を眺める駐車スペースがある。ポットに入れたコーヒーを紙コップに注いだ。車は西向きなので太陽は後ろから。運転席のエアコンがよく聞く。熱いコーヒーが旨い。

     

     ここのところ2~3日は涼しかったが今日は朝から暑い。松江市で最高気温は34℃の予報。二度と同じ顔を持たない宍道湖は湖面を鏡にして空の暑さを写していた。そして中国山地の山々が見えて、松江市の天守閣を起点とする灘町当たりの建物の高さ制限のことなどを考えていた。

     

     あ、そうだ。9時まで待って銀行が開いたら宝くじ買おう。もう何十年続けて買っているロト6。ほんの時々8,000円前後が当たってる。

  • 恵曇海水浴場 2026年08月16日

    恵曇海水浴場 定時に出勤してきたが巷はまだ盆気分。少しドライブに出ても罰は当たるまい、と思って鹿島町に行ってみることにした。この道走るの何年ぶりだろう。息子が通った城北小学校。あ、佐太神社だ。懐かしいなあ。新しい道もついていて迷ったが無事に恵曇海水浴場に着いた。

     

     なんて懐かしいのだろう。高校生の時、恋人と言う感覚はなかったが仲のいい女の子と二人でここに泳ぎに来た。子供たちが小さい頃、何度この海に来たのだろう。あの岸壁からキス釣りもした。釣った魚は夕方の食卓に乗った。うまいうまいと言って、子供達が食べてくれた。

     

    俺 砂浜にしばし佇んだ後、帰路に付いた。来た道を帰り、途中、佐太神社から右折し国道431号線を目指した。田んぼを左手に見て車を走らせていると、次から次へと思いが巡って行った。息子の事、娘たちの事、私の仕事の事、私の生活の事。苦しい事ばかりのような気もする。でも苦しいから、良い時の喜びは大きいのではないか。

     

     先日の夕方、孫の手を引いて松江の町を歩いた時、その姿を娘が写真に写してくれた。そしてラインに添付で送ってくれた。デレっとした私の顔。私にも、あんなに嬉しがる顔があったんだ。いつも苦虫を噛んでる顔なのに、あんな喜びの表情があったんだ。

  • 甘い生活 2026年08月15日

     あなたと揃いの モーニングカップはこのまま誰かにあげよか ふたりで暮らすとハガキで通知を出した日は帰らない   愛があればそれでいいと 甘い夢を始めたが 今では二人からだ寄せても愛は悲しい 何かが壊れ去った ひと時の 甘い生活よ。

     

     私、野口五郎が好きなんや、と言って、時々「甘い生活」を私が運転する車の助手席で口ずさんでいた。この頃、私もこの歌を覚えようと思った。先日、やっとの思いで歌えるようになった。そして妻にとって8回目の盆の最後の日の今朝、墓前で静かに歌った。なぎさ、聴こえたかい。うまく歌えたと思う?。それとも、下手だった?。今度、「私鉄沿線」覚えるね。

  • 秋の気配 2026年08月14日

    テッポウユリ 昨夜、エアコンを切って、網戸にして扇風機付けて、テレビの音をBGMにして焼酎のお湯割りを飲みながら、山陰中央新報のクロスワードを解いていた。チーチリリ、チリリ、チリチリチリリと聴こえる小さな秋の虫の音。まだ一匹だけ、だけどしばし聞き入った。美しい。

     

     今朝の出勤の車の周辺、アカトンボが数匹、スーイスイと気持ちよさそうに空を泳いでいた。運転席に乗ってエンジンをかけた。おや、ユリが咲いている。目の先、十数メートルの石垣の下の草むらにユリが咲いていた。秋風が吹くころ、あちらこちらの草むらに咲く自生のテッポウユリだ。間違いなく秋は忍び寄っている。

  • 二人いつも一緒 2026年08月13日

     昨日の定休日、仕事しようか休もうかと迷った。どっちみっち、盆は仕事をしようと思っていたので定休日は定休日として休むことにした。だから田舎のお墓に行けないから、まずそこへ行くことにした。父さん、母さん、あんちゃん、盆に来れないから今日来たよ。

     

     私がドライブする時には、いつも隣に妻がいる。なあ、なぎさ、って話しかけると、なあに、と帰って来る。そして話は弾む。過去の二人の思い出や、二人の将来について話は弾む。盆は仏様を迎える日、でも我が家はいつも一緒。二人いつも一緒。

     

     今朝の墓参、私と同じころ、連れ合いを失った女性がいらっしゃる。墓石も、妻の隣の墓石一つ越えたご近所。そんな身近さから友達と思える。危険を感じて自家用車を手放されたからこの頃お会いしていなかった。今日は娘さんの運転で墓参に見えた。久し振りにお顔を拝見して嬉しかった。

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