店主日記

  • アマリリス 2026年05月20日

     今日は水曜日で定休日、だが片付けなきゃあいけない仕事があるので出勤してきた。でもやっぱり定休日、心はあくまでも定休日なのである。そんな今朝、事務所前の鉢植えのアマリリスがほぼ咲いた。今年も咲いてくれた。愛おしいアマリリスだ。

     

    アマリリス このアマリリス、あるお客さんが昔私が勤めていた職場に持って来たらしい。女の子たちが、面倒見れないからと言って、私のところにこの子の面倒を依頼してきた。私に頼めば何とかなると思ったのだろうか。従って、このアマリリスに出会ったのは、30年も前のことだ。直径10センチほどの鉢に植えてあった。

     

     最初、職場に置いていたのだが日当たりの関係から、我が家に持ち帰ってベランダで育てていた。不動産業を開業することになり、事務所を賃貸した時からここへ持ってきた。22年も前のことだ。以来、社員のように接している。いや、社長なのかもしれないね。今30センチの鉢に鎮座していらっしゃる。

  • 紺色のTシャツ 2026年05月19日

     昨夜、寝ぼけ眼でセットしたせいか、今朝の目覚まし時計が1時間遅れの8時半に鳴った。慌てて服に着替えて事務所直行。何とか9時に間に合わせて電気付けてのぼり旗立てて妻の待つお墓に向かった。

     

     それにしても暑い。午前中から路上に設置された温度計は30度を指していた。事務所は、昨日出した扇風機のスイッチを入れた。シャツを脱いでTシャツ一枚になった。よおし、これで何とか過ごせそう。でもまだ、仕事する気にはならないな、体がだるすぎる。

     

     洋服ダンスの引出から、何となく取り出して着たこのTシャツ、なぎさ、空の上から見えるかい。君と二人で買いに行ったあの紺色のTシャツだよ。俺が好んで着た、君が似合うと言ったあの紺色のTシャツだよ。よくこれ着てみんなでキャンプに行ったよね。

  • 握手しような 2026年05月15日

     今日も早く目覚めた。先日の水曜日に作って昨夜も食べた今季最後のおでんをタッパーに詰めた。墓参終わって事務所に着いたのが8時。物価高で不景気なこの頃、家にいるより仕事場の方が落ち着く。朝ごはんに、冷えたおでんにからしを塗って食べた。

    花

     

     一通り掃除終わって歩道の植え込みのツツジに目が向いた。既に花は終わって雨に打ち付けられたその姿は茶色になって自らの葉っぱにへばりつく格好になっている。それだけ見れば、「花の命は短くて・・・」と思ってしまう。でも葉っぱは、緑が増して力強くなっている。

     

     先日、身体に障害を持つ人を別々にだが偶然に二人続けて賃貸物件の案内をした。内一人の人に、私の息子の話をしたくなってそうした。今度見舞いに行ったら、私の代わりに握手してあげてねと、勇気づけられた。その時の、にっこり笑った明るい笑顔が忘れられない。息子よ、今度行ったら握手しような。

  • 遠回りして帰ろ 2026年05月13日

      出雲市の、こころの医療センターに入院する息子を見舞った。病院を後にして道の駅「キララ多伎」に行った。そこから海岸通りを出雲大社方面に向かった。天気が良いからだろう、走りながら見渡す渚の風景が美しかった。渚って、妻の名前のなぎさのルーツなんだろうな、などと思ってみたりもした。

     

     出雲大社が近づいたので、稲佐の浜に向かうことにした。ここは国譲り神話の舞台であり、毎年旧暦の10月に全国の神々を迎える神迎え神事の場所でもある。今日も観光客が、波打ち際で海に戯れていた。そうだよななぎさ、俺たちは出雲大社で出会ったんだよな。あの日も今日のように天気が良かった。

     

    稲佐の浜

     

     私がドライブ好きなのは、若い頃からそうだったということもあるが、今はもの思うことができるからかもしれない。ひとりだけの車内、流れゆく風景、心地良いエンジン音。そこには現実はない。楽しかった昔の暮らしが次から次へと思いだされてくる。まだ小さい頃の子供たちがはしゃぎまわって楽しそうだ。それを見守る妻の笑顔。だから・・・遠回りして帰ろ。

  • 祝結婚記念日 2026年05月09日

     昨日は4時に事務所を切り上げた。いつものスーパーマーケットでビールと寿司を買った。シャワーを終えてから、リビングのテーブルで妻と結婚記念日のお祝いの乾杯をした。そして、二人で寿司をつまんだ。涙はいっぱい流したけど、楽しかった。久し振りに楽しい夜を過ごした。

     

    ピンク 乾杯の時、40年前の結婚式の記憶が蘇ってきた。ルーテル教会で挙げた式、ホテル「白鳥」で行った披露宴。参列してくださった一人一人の表情まで細かく思い出された。誓いの言葉は、今でもそのまま繰り返せそうだった。人生に拗ねていた私に、希望を与えてくれたのは妻だと、その時強く思った。

     

     8年前に妻が亡くなってから、悲しみの淵を彷徨っていた。どうあがいても、その淵から抜け出せずにいた。昨夜妻と二人でそんなこと話していた時、妻がふと、ヒントをくれたような気がした。悲しみの淵から抜け出せる方法を私に教えてくれた気がした。

     

     一夜明けた今朝、爽やかに目覚めた。よく寝てたなと、もう一人の私が言った。悲しむなとは言わない。泣くなとも言わない。なぎさを思い出し、悲しくなったら泣けばいい。寂しくなったら泣けばいい。涙もいっぱい流せばいい。だけど、それは生きることとは違うんだよ。悲しい時は俺も一緒に泣くからさ、だけど、生きることにも真剣になろうよ。それが淵から抜け出す方法だよ。俺も手伝うからさ。

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