店主日記
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2連休
2026年07月06日
明日は曇りだけれど、予想最高気温は30度。明後日から晴れ間が見えそうで予想最高気温は32度。そろそろ梅雨も上がりそう。でも暑すぎるのはごめんだな。そお言う私は明日明後日、月1度の2連休だ。それで今、どこへ行こうかと迷っている。
うち1日は、息子の見舞いに出雲市の病院に行くから西に向かって走る。高速道路は景色が見えないから走らない。国道9号線を使って病院まで1時間。その後もう1時間かけたら三瓶山に着く。西の原でサンドイッチ食べながら読書するのもいいのかな、なんて考えている。
お昼が終わった。献立は小さなパンひとつと、野菜サラダのみ。妻が使ってたワークデスクに座って食べた。たったひとりで食べる我が事務所、時が経つにつれ、むなしさを包んだ袋が膨らんでいく。寂しいな、せつないな、だから苦しいな。・・・出雲市行きは明後日にしよ、だから明日は君の好きなところに連れてってあげる。
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雨のドライブ
2026年07月02日
高校生時代だったか見たフランス映画。男女が高級車シトロエンの中で話し合っていた。外は雨、話の中にシトロエンのワイパーの音が聞こえていた。それで私は自動車にあこがれたのである。フランス製のあのシトロエンのワイパーの音に魅かれてしまった。昨日は先週と全く同じコースをドライブした。10時に起きた。服に着替えて墓参済ませて松江を出発したのが11時半。雨は時々ぽつりぽつりと降っていた。だが、日南町の道の駅を過ぎたあたりから雨降りと呼べる天気になってきて、再び島根県の横田町に入った時、本降りになってきた。
ノスタルジーを求めて、横田駅に行った。大正時代か昭和初期に建てられた風貌をしたこの駅舎、子供の頃の風景が蘇って来た。あの頃の郵便ポストはみんなこうだった。丸い赤いそのポストは屋根が雨に濡れて光っていた。留まりかねた一部の雨水は、赤いポストの肌を濡らして真下に転がって行った。三成駅に着いた頃、雨は大降りになってきた。三刀屋町を過ぎて、宍道町に出た頃、土砂降りになって先の風景が見えにくくなった。しばらくそんな状態が続いた。ワイパーは、最高速度で作動を始めた。早すぎる。心を乱す。手動に変えた。シャカ、シャカ、と、心地良い音が聞こえてきて、シトロエンを思い出した。
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カタツムリ
2026年06月29日
出勤前に、妻が眠る公園墓地に行くのが私の毎朝の日課だ。墓石に向かって昨日の出来事や、今日の予定などをぼそぼそと妻に話す。妻の顔が墓石の中に見えて心が安らぐ。何もかも、辛いことも苦しいことも悲しいことも寂しいことも忘れられる瞬間だ。
おや、今日もいるんだね。墓石の南無阿弥陀佛と刻まれた佛の字の中に、昨日から見かけたカタツムリが今日もいた。いつぞやは、花立の花の中にじいっとしている青いアマガエルを見かけた。その子も、花の茎の間に何日も何日もとどまっていた。そっとしておいてあげよう。生き物を見るとつい、そう思ってしまう。再び車に乗ってラジオを聞いた。シニア世代がどのようにして仕事を見つけるかと言うテーマらしい。年金だけじゃあ心細いし、そして生きがいも感じたいから、と言うことらしい。そのシニア世代の中に、こんな女性がいた。
会話力と、深夜勤務可能と言うことで採用されました。タクシードライバーである。タクシードライバーは女性が向いている、そうなのである。何度も入院治療して回復したが、52歳の暮に病で倒れて会社を首になった時、心房細動さえなかったら、今私は、タクシードライバーだっただろうな。私は、全日本交通安全協会より、「交通栄誉章緑十字同章」を与えられている。
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ユニゾン
2026年06月25日
昨日は定休日だったが、来客予定だったので朝から出勤した。来客のお客様とは、先月の15日にこの店主日記に登場していただいた明るい笑顔の女性だ。30分ぐらいだっただろうか話した。明るい笑顔の人。でも、今日は優しい笑顔の人と表現することにした。
仕事終えて、ドライブへと出発した。とにかく今日は走ろうと思った。山間の集落を縫って走ってみたい。安来市の道の駅「あらエッサ」で体調を整えた。大き目の缶コーヒーを買った。さあ出発だ。雨のためか低気圧のためか、晴れない心を今日は晴らそうと思った。
日南町の道の駅「にちなん日野川の郷」でトイレ休憩をした。国道183号線をしばらく走った後、314号線に乗り替えて横田町に入った。三成駅前を通り三刀屋町に出て宍道町から宍道湖を眺めながら帰ってきた。走りっぱなしだったからか心地良く疲れた。だから夕食は弁当にしよう。いつものスーパーで天ぷら弁当を買うことにした。 早めの夕食を終えた。焼酎のお湯割りを飲みながらリュックの中から不動産日記を取り出した。最後のページに野口五郎の「甘い生活」の歌詞がメモしてある。これを覚えようとして何回も何回も一人歌った。ハモることなどできないけれど、ユニゾンならできるかも。ドライブの時に、この歌が好だった助手席の妻と一緒に歌いたい。
写真は、山陰合同銀行本店ビルの14階の展望室から眺めた嵩山と和久羅山の風景。
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人権
2026年06月23日
昨日息子にこんなハガキが届いた。「島根県人権問題県民意識調査」ご協力のお願い、と。中に、Q&Aが二つあって、その一つのAにこう書かれていた。本人の回答が困難な場合は、回答いただかなくて構いません。と。今朝になって、問い合わせ先に電話した。
私の息子は、重度の知的障がいと重度の自閉障がいがあるので回答は困難です。私が代筆することはできませんかと。答えはこうだった。できません。じゃあ、息子の人権は無視されるのですね。人権啓発推進センターは、息子の人権を無視するのですね。息子のことを一番理解している私が代弁しようとしてるのに、息子は何も主張できないのですね。・・・その解答にはしばらく時間をくれということなので今電話を待っている。
息子が小さい頃、自閉症と診断された。それ以来、私は息子の障害を主張してきた。できるだけ世間に広く、自閉症と言う障害を知ってもらおうとそれなりに頑張った。さっき、息子のために昔新聞の読者欄に投稿した新聞のコピーを読み返してみた。どれもよく書けている。私も捨てたもんじゃない。30年ほど以前の新聞は、私を泣かせた。
午後になってしばらくして電話での回答があった。代筆で結構ですと。母が大好きだった息子へ。おとうが代筆する。お前の主張をおとうが代筆する。




