店主日記
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こんなことって本当にあるの
2025年08月09日
昨夜、うなされて、と言うより興奮して目が覚めた。覚せい剤使用するとこんな気持ちになるのだろうか。盆明けにあるマンションの鍵渡しがある。そこに残置物がひとつあって、何とかしなきゃあと言う気持ちがあった。それが昨夜は不安で、ますます不安が増長されて目が覚めた。こんな何でもないことが、昨夜はどうして不安だったのだろう。
眠れそうにもないからテレビの深夜放送を見た。そう言えば先日もこうだったな、と思った。原
因はひょっとしたら食べ物か。気持ちを高ぶらせる物質でも食べたのだろうか、考えてみた。思い当たるのはキノコだけ。二日とも、同じキノコを食べたんだ。
少し寂しくなった。ある人の助言で、息子との、世帯分離をした。そのために、松江市役所の数か所の窓口に行った。相当時間を要した。疲れたなと思っての帰り、宍道湖の駐車場に車を停めた。宍道湖は波もなく、妙に美しくゆったり揺らいでいた。きっとお前の息子も幸せになるよ。そう言って慰めてくれているようだった。
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世を拗ねてみたい
2025年08月07日
自家用車の車検がやって来たので一昨日島根日産に持って行った。代車にノートを借りた。どうやらこれが最新式のようだ。運転席が飛行機のコクピットみたいに計器の数値がずらりと並んだ。走り出すと馬力はある。だが、アクセルペダルを離すとブレーキがかかって減速する。これが良いのやら悪いのやら。
私は3段コラムシフトから始まって、4段フロアシフトになって、5段フロアシフトの車に乗った。それぞれのシフト部分でエンジンブレーキの効果は違う。オーバートップだと、ほぼその効果はない。それぞれが違って、だからドライブは楽しい。オートマチックに替わっても、私はシフトチェンジを楽しんでいる。国道を走る時、前を走る車と適当な距離を保ち、いかにしてブレーキランプを点けないかと言うゲームをひとり楽しんでいる。だから最新仕様の車の運転はストレスだった。
そして昨夕車検が仕上がったので受け取りに行った。我が愛車は快調に走った。私は水を得た魚になった。少し回り道して帰ろ、そう思った。スピーカーから「東京ららばい」が聞こえた。ボリューム上げた。「名前は? そう、仇名ならあるわ。生まれは? もう、とうに忘れたの」。私もたまには世を拗ねてみたい。人生を拗ねてみたい。でもな、そんな暇もない。
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東京ららばい
2025年08月04日
今朝一番で宍道町に物件確認で行った。車で片道20分かかるのでセットされていた「歌姫」のCDを聴いた。中原理恵さんが歌う「東京ららばい」が巡ってきた。役30年ほど前に発売された歌らしい。聴いていて、その歌詞に興味を感じた。だから何度も何度も繰り返し聴いた。
「名前は?そう、仇名ならあるわ。生まれは?もう、とうに忘れたわ。そして、ふれあう愛がない。夢がない。明日がない。人生は戻れない.幸せが見えない、などと言葉が所々にあって、だから死ぬまでないものねだりの子守歌」と結ぶ。歌詞とは対照的に中原さんは明るくテンポよく歌う。
そうだよなって思う。人生って幸せがあって、そして不幸がある。出会いがあって、別れがある。当然なんだよね。何もかもがごちゃ混ぜになったのが人生なんだよねって思う。だから、たまには世に拗ねてもいいじゃないか。東京ララバイのように、思いっきり叫ぶ時もあってもいいじゃないか。そう思ったら気が楽になった。
写真は本文とは関係ない。私の気持ちが落ち込んだ時、鳥取の観音院に行った。そこで抹茶を頂いて飲み干した茶碗の底を覗き込むと妻の干支「子」の文字が現れた。恋人時代、ふたりで行った。この日と同じく私の茶碗に子の字、妻の茶碗に私の干支の寅の文字が現れた。この時互いに、ふたりは結ばれる、そう信じたものだった。そう、そんな幸せがあったんだよ。そんな思い出があるお前は幸せなんだよって、もうひとりの私が言う。
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精霊流し
2025年08月03日
朝のコーヒーを飲みながら、ユーチューブで歌を聴いていた。さだまさしさんが精霊流しを歌った。昨年彼が亡くなって、彼女が今日の精霊流しの日を歌ったものだ。「去年のあなたの思い出が、テープレコーダーからこぼれています。あなたのためにお友達も、集まってくれました・・・」。
私は時々妻の声が聞きたくて、妻が使っていた携帯電話を充電する。娘が撮ったのだろう、妻が洗濯物を畳みながら娘達と談笑している声が動画の中に聞こえる。毎日のありふれた風景だけれど、今の私にとっては貴重な動画だ。その動画を、夢を見てるような、そんな気持ちで見る私だ。本当にこんな日々があったんだと。
神仏など、信じたことがない私は、盆はご馳走が食べられるから好きだった。母に言われるように、13日の夕方には玄関先で火を焚いた。そして、この明かりに帰って来てくださいと先祖に語りかけた。形だけ。まったく心の響かない、空しい色の声だったと思う。
そんな私がこの頃心が落ち着かない。「かあちゃんの詩」日記に、何日も前からこう書いている。もうすぐ盆だよ。13日は、なぎさが家に帰ってくる日だよ。部屋中の電気を全て灯して、家中を明るくするから道に迷わず帰っておいで。娘達と孫と一緒に待っているよ。
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ひたすら山道を走った
2025年07月31日
無いのは当たり前で、おかしな話だが、昨日の定休日は仕事が無かった。だから朝起きて車に乗った。キャベツが欲しいからとりあえず安来市の道の駅「あらえっさ」。ところがそこにキャベツは無し。木次線の三成駅に併設された道に駅に行こうと決めた。米子市を南下して、中国山地の山道をひたすら走って横田に出た。そして三成駅に着いた。
ゴウヤを手に取った。キュウリとナスとピーマンをかごに入れた。最後にキャベツ。私より20歳以上は若いだろう女性がレジにいた。「このキャベツ、高温で中が少し悪くなっているかもしれないから値段が安くしてあります」。その女性、なぜか優しさが溢れているような、そんな印象を受けた。人柄が表に現れている、そんな気がした。
駐車場を出て帰路に着いた。どんな環境の中で暮らしたら、あんな優しさが醸せるのだろう。レジの女性を考えていた。そしたらどうしてか、過去の記憶がだどんどん蘇ってきた。妻のこと、子供たちのこと、キャンプで遊んだ記憶、海ではしゃいだ記憶。その記憶はだんだん現代に近づいてきた。そしてある日、長女が言った言葉を思い出した。「10歳も若い、女房を先に亡くしたのだから、それはショックだよね」。その言葉を思い出した瞬間、ハンドルを握る瞼が涙でぐちゃぐちゃになってきた。
三成駅に着いた時、二両編成の気動車が小さなディーゼル音を立てて止まっていた。どうもこの歳になるとその昔を回顧する癖がついてしまうらしい。よくこの駅を利用した。小学校の修学旅行からこの駅に帰ってきた。夜は列車の中に新聞紙を敷いて寝た。朝になったら三成駅に着いていた。写真の列車の向こうのプラットホームに下りて、当時蒸気機関車だったすぐ前を線路を渡って駅舎に入った。見方によれば、戦時中疎開して来た子供たちのように。