店主日記
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二日
2026年01月02日
今日、二人の娘は帰って行った。長女は鳥取市にある婿殿の実家へ。末娘はやくも号、新幹線を乗り継いで東京のアパートに帰って行く。そんな訳で、朝9時半に自宅をみんなで出発した。末娘を松江駅に見送った。今度いつ会えるだろう、ちぎれんばかりに手を振った。そしてその足で鳥取市に向かった。雪が降って積もってきた。鳥取に向かいながら、娘がどうすると心配そう。明日でもいいよって言う。いや大丈夫だ、行こうと私。何とか無事に鳥取に着いた。婿殿に、そのご両親に挨拶して帰路に付いた。またひとりぼっちになっちゃった。あんなに賑やかな6日間だったのに。妻の顔が浮かんできた車内。寂しさに、涙が頬を伝って落ちた。
夜になって、一人炬燵で飲んでいた。長女の言葉を思い出した。明日でもいいよ。長女は、明日の方が良かったのかもしれない。もう一晩、私の家に泊まりたかったのかもしれない。どうして、そうだな、明日にしようかと言えなかったのだろう。すまなかったと思った。ごめんなってつぶやきながら、また涙だ。
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元旦
2026年01月01日
午前中、みんなして出雲市に息子を見舞った。帰り、どこかに行きたいと言う孫の願いでフォーゲルパークに行った。正月元旦とあって、来客少なめ。お陰でじっくりと遊べた。楽しいなと思った。ほんと、孫って可愛い。
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大晦日
2025年12月31日
27日の夜、米子空港に二人の娘と孫一人を迎えに行った。29日、みんなで車で国道9号線を西に走って道の駅「キララ多伎」に行ってお昼を食べた。30日、奥出雲町の「奥出雲おろちループ」に行って孫殿が雪で遊ぶのが嬉しかった。そして今日の大晦日、部屋でグダグダして、間もなく、大晦日の、我が家恒例の「すき焼きパーティーを」開こうとしている。
我が家系には、大晦日のすき焼きパーティーなどは存在していなかった。極普通に、年越しそばを食べる、それが大晦日と言うものだと思っていた。が、妻がすき焼きなるのもをその日に取り入れたのである。以来、大晦日の夜はすき焼きパーティーが定着した。今日、その準備は、私がする。妻の面影をしのびながら、一緒に食べような、なぎさ。そうつぶやきながら。

写真は、キララ多伎の展望所の前の広場から先日写したものだ。テトラポットが波を弾く。陽光を反射するその輝きが美しくてシャッターを押してみた。
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仕事納め
2025年12月27日
昨日で、何もかも片付いた。今日は仕事納め。ああ、今年も終わっちゃった。寂しい気もするが、今日の夜の9時20分米子空港着の飛行機で、東京の娘二人と孫殿が帰って来る。迎えに行かなくちゃあ。今事務所でその時間待ちをしている。
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クリスマスイブ
2025年12月24日
クリスマスイブ、みんなで楽しかったそんな日々も長年続いた、そんな時代もあった。でも今の私には、クリスマスイブなんて何の意味も持たない、単なる日常なのである。そんな今日なのだ。娘が、正月前になった暮れに帰って来る。夜の米子空港に着くそうだ。だから今年最後の定休日に、米子空港の様子を見に行った。

空港の確認を終え、大根島から本庄町に向かってみた。中海の海岸道路の駐車場に車を停めた。波ひとつない鏡のような湖面に、鴨が一羽、潜っては浮かび、浮かんではまた潜っていた。対岸は中海が吐き出す水蒸気に霞んでいた。色を付けない風景は、まるで一幅の水墨画だ。見事な風景、サンタクロースが私にくれたプレゼントに思えた。




