店主日記
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ひまわり
2025年08月14日
朝8時半の出発で、末娘希望の広島県の世羅町の世羅高原のひまわり畑に行った。数種類のひまわりが、そこら中一面に広がっていた。孫が、喜ぶ姿が嬉しい。当然、娘達も大はしゃぎ。孫の、キャッキャという声が嬉しい。ここに、妻がいたらどんな顔をするだろう。そう思うのも、盆だからだろうか。そんな感慨に浸りながら、私は別のことを思おうとした。それはやはり、辛いからだと思う。
若い頃、いつだったか定かでない。イタリア映画「ひまわり」を何度も何度も観た。結婚直後にロシアの戦地に向かったイタリア兵がいた。その戦争のさ中、彼は負傷して記憶を失った。そしてある女性に助けられた。彼は、その女性と結婚し、子供もできた。

イタリアの若妻は、行方の知れない夫を探しにロシアに行く。そして、とうとう探し出した。でも、妻がいて子供もいた。ある駅で再会をした時、妻は逃げるように来た列車に飛び乗った。そして、泣きながら列車の椅子に崩れ落ちる。これがクライマックスだ。ストーリーはまだ続くが、後は観たくない。世羅高原の目の前一面に広がるひまわり畑が、どことなく懐かしい。
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こんなことって本当にあるの
2025年08月09日
昨夜、うなされて、と言うより興奮して目が覚めた。覚せい剤使用するとこんな気持ちになるのだろうか。盆明けにあるマンションの鍵渡しがある。そこに残置物がひとつあって、何とかしなきゃあと言う気持ちがあった。それが昨夜は不安で、ますます不安が増長されて目が覚めた。こんな何でもないことが、昨夜はどうして不安だったのだろう。眠れそうにもないからテレビの深夜放送を見た。そう言えば先日もこうだったな、と思った。原
因はひょっとしたら食べ物か。気持ちを高ぶらせる物質でも食べたのだろうか、考えてみた。思い当たるのはキノコだけ。二日とも、同じキノコを食べたんだ。少し寂しくなった。ある人の助言で、息子との、世帯分離をした。そのために、松江市役所の数か所の窓口に行った。相当時間を要した。疲れたなと思っての帰り、宍道湖の駐車場に車を停めた。宍道湖は波もなく、妙に美しくゆったり揺らいでいた。きっとお前の息子も幸せになるよ。そう言って慰めてくれているようだった。
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世を拗ねてみたい
2025年08月07日
自家用車の車検がやって来たので一昨日島根日産に持って行った。代車にノートを借りた。どうやらこれが最新式のようだ。運転席が飛行機のコクピットみたいに計器の数値がずらりと並んだ。走り出すと馬力はある。だが、アクセルペダルを離すとブレーキがかかって減速する。これが良いのやら悪いのやら。
私は3段コラムシフトから始まって、4段フロアシフトになって、5段フロアシフトの車に乗った。それぞれのシフト部分でエンジンブレーキの効果は違う。オーバートップだと、ほぼその効果はない。それぞれが違って、だからドライブは楽しい。オートマチックに替わっても、私はシフトチェンジを楽しんでいる。国道を走る時、前を走る車と適当な距離を保ち、いかにしてブレーキランプを点けないかと言うゲームをひとり楽しんでいる。だから最新仕様の車の運転はストレスだった。
そして昨夕車検が仕上がったので受け取りに行った。我が愛車は快調に走った。私は水を得た魚になった。少し回り道して帰ろ、そう思った。スピーカーから「東京ららばい」が聞こえた。ボリューム上げた。「名前は? そう、仇名ならあるわ。生まれは? もう、とうに忘れたの」。私もたまには世を拗ねてみたい。人生を拗ねてみたい。でもな、そんな暇もない。
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東京ららばい
2025年08月04日
今朝一番で宍道町に物件確認で行った。車で片道20分かかるのでセットされていた「歌姫」のCDを聴いた。中原理恵さんが歌う「東京ららばい」が巡ってきた。役30年ほど前に発売された歌らしい。聴いていて、その歌詞に興味を感じた。だから何度も何度も繰り返し聴いた。
「名前は?そう、仇名ならあるわ。生まれは?もう、とうに忘れたわ。そして、ふれあう愛がない。夢がない。明日がない。人生は戻れない.幸せが見えない、などと言葉が所々にあって、だから死ぬまでないものねだりの子守歌」と結ぶ。歌詞とは対照的に中原さんは明るくテンポよく歌う。そうだよなって思う。人生って幸せがあって、そして不幸がある。出会いがあって、別れがある。当然なんだよね。何もかもがごちゃ混ぜになったのが人生なんだよねって思う。だから、たまには世に拗ねてもいいじゃないか。東京ララバイのように、思いっきり叫ぶ時もあってもいいじゃないか。そう思ったら気が楽になった。
写真は本文とは関係ない。私の気持ちが落ち込んだ時、鳥取の観音院に行った。そこで抹茶を頂いて飲み干した茶碗の底を覗き込むと妻の干支「子」の文字が現れた。恋人時代、ふたりで行った。この日と同じく私の茶碗に子の字、妻の茶碗に私の干支の寅の文字が現れた。この時互いに、ふたりは結ばれる、そう信じたものだった。そう、そんな幸せがあったんだよ。そんな思い出があるお前は幸せなんだよって、もうひとりの私が言う。
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精霊流し
2025年08月03日
朝のコーヒーを飲みながら、ユーチューブで歌を聴いていた。さだまさしさんが精霊流しを歌った。昨年彼が亡くなって、彼女が今日の精霊流しの日を歌ったものだ。「去年のあなたの思い出が、テープレコーダーからこぼれています。あなたのためにお友達も、集まってくれました・・・」。
私は時々妻の声が聞きたくて、妻が使っていた携帯電話を充電する。娘が撮ったのだろう、妻が洗濯物を畳みながら娘達と談笑している声が動画の中に聞こえる。毎日のありふれた風景だけれど、今の私にとっては貴重な動画だ。その動画を、夢を見てるような、そんな気持ちで見る私だ。本当にこんな日々があったんだと。
神仏など、信じたことがない私は、盆はご馳走が食べられるから好きだった。母に言われるように、13日の夕方には玄関先で火を焚いた。そして、この明かりに帰って来てくださいと先祖に語りかけた。形だけ。まったく心の響かない、空しい色の声だったと思う。
そんな私がこの頃心が落ち着かない。「かあちゃんの詩」日記に、何日も前からこう書いている。もうすぐ盆だよ。13日は、なぎさが家に帰ってくる日だよ。部屋中の電気を全て灯して、家中を明るくするから道に迷わず帰っておいで。娘達と孫と一緒に待っているよ。




