店主日記

  • 尾道に 2023年12月09日

     待ちに待った12月8日がやって来た。今日のために、明日のアパートの鍵渡しの準備も昨日終えておいた。打ち合わせがありそうな業者には8日は外すよう連絡をしておいた。緊急のための電話の転送も忘れてはいない。今日でなくてはならない理由は、私個人のある思いだから触れぬ。いつものように千光寺公園駐車場に車を停めた。なぎさ、着いたよ。一緒に歩こうな、この前のように。

     

    千光寺

     

     陣幕久五郎の手形の前の岩の上から尾道の町並みを眺めた。なぎさ、気を付けろ、危ないから。この岩には、大阪城築城に使おうとした石切りの痕跡が残されていた。しばらくして、千光寺に行った。入り口にあるドングリの木の実がポトリと音を立てて落ちた。恋人時代のあのふざけ合いを思い出した。それを拾って前を歩く妻の頭にぶつけてみた。痛いと言って振り向いたその顔は笑っていた。なぎさ、君もあれをしてみるかい。大きな数珠を若い女性が回していた。何とかと唱えながら回すと願いが叶うらしい。

     

     千光寺を後にして、あの坂道を下った。確かこの辺りだったと思うが、見当たらない。志賀直哉の唯一の長編小説、暗夜行路。時任謙作が住まっていた棟割長屋が。せっかく、文庫本のコピーを持って来たのに。そこから、謙作が大正時代に見た尾道の風景。その描写を、妻に読み聞かせてあげようと思っていたのに。

     

     後で、千光寺山ロープウエイの切符売り場にある観光案内所で聞いてみた。今、その長屋は一般公開していないらしい。千光寺公園ガイドマップにもその記載はない。だが、私は妻と一緒にあの雰囲気を味わってみたかった。4年前だったか、長女と一緒に行ったあの雰囲気を。・・・ ・・・後日に続く。

  • 松葉に思う 2023年12月07日

     つい先日、事務所周辺の松葉掃きをしたばかりなのに、また昨日の嵐で再び散乱した。毎年、今時分の嵐は私を悩ませる。なぜなら、松葉掃き作業は結構時間と体力を要するからだ。そして風、事務所前でつむじをこしらえる。そのつむじは、事務所前に枯れ葉を落としていく。朝、いくら奇麗にしても、1時間もすれば元の木阿弥だ。

     

     この嵐とつむじ風は、私の人生の縮図なのかもしれない。だけどよく試練に耐えてきた。よくここまで生きてきた。そう思う。よく頑張っているなと、自ら思う。体重50キログラムのこの体でよく頑張っているなと思う。明日は、信じもしないけれどその神が、尾道行きの褒美をくれた。そして、耐えてこれたのも、神が与えてくれた褒美なのかもしれない。

  • 永遠の思い 2023年12月05日

     ルーペを取り出すために事務所の小物入れを開けた。プラス株式会社のホッチキス針の小箱に目がとまった。これは、妻が嫁入り道具のひとつとして持って来たものだ。あまりにも、その量の多さにびっくりしたことを覚えている。家庭で何に使うのだろうか、と。

    ホッチキス針

     

     やがて、不動産業を始めた。妻が持って来たたくさんのホッチキス針が役に立つようになった。あんなにたくさんあったのに、この春、2本を残してほぼ使い切った。18年間、役に立ったことになる。妻はこのことを読んでいたのだろうか。いつか役立つと思って。

     

     記念として、2本を残しておくことにした。何の品を見ても、妻が触ったものは懐かしい。そんな妻のことが、もう逝ってから5年半過ぎたのに、胸深く思い出されてしまう。日が短くなったからだろうか。寒さが増してきたからだろうか。そんな季節が、妻を深く深く思い出させてくれる。そして、妻は幸せだったのだろうかと、そう思ってしまう。また、今なお、妻に恋していることに気付いた。

  • 2023年12月04日

     朝起きて、リビングのカーテン開けたらまだ薄暗かった。茶臼山の頂あたりを霧が覆っていた。夜が明けるのと一緒に、霧は茶臼山を下ってきた。やがて一面は霧に覆われた。通勤の最初の信号待ちでは視界も悪い。霧は良い天気になる印。久し振りに小春日和かしら。

     

    霧

     

     昨夜、末娘に電話した。正月は帰って来るかいって。いや帰って来ないよ、との返事。そのことを長女にラインした。電話できるだけで上出来だ、と帰ってきた。末娘もひとりぼっちの正月らしい。お互いひとりぼっちだから会えばいいのに、と長女は言う。だけど、東京へ行くのもな。帰って来いというのも旅費がいるだろうに。末娘、私といるのは苦痛らしい。長女曰く。性格が似すぎなんだよ。

  • やきもち 2023年12月03日

     7時に目覚めて二度寝したら8時20分になっていた。慌ててパンを焼いて朝食を済ませて真っすぐ出勤した。のぼり旗立ててすぐに墓参に向かった。日曜日だから気持ちが緩むのだろうか、それとも単に疲れているだけだろうか。それとも加齢によるくたびれなのだろうか。

     

     墓参の時間が遅れてある人に会うことができた。妻の墓石の隣のその隣の墓石に眠っていらっしゃる人の奥様に出会った。この人のご主人も私の妻と同じ時期に、半年早かったかもしれない。他界されたらしい。初めて会ったときにそんな話を聞いた。私より二つ年上。だけど動作も機敏でお顔立ちも上品でいらっしゃる。私よりずっと若く見えるのかもしれない。

     

     こんな仕事をしているからだろうか、私は人と話をすることが好きなのである。妻と一緒に働いている時、お客様とよく話をした。特に、女性とはよく話した。やきもちを焼く妻の表情がよく分かった。特に美人だと、帰られた後に言っていた。あんた女好きやなあ、と不機嫌顔で。

     

     

     今朝も、あの人と2~3の言葉を交わした。妻の墓石の前で親しげに言葉を交わした。寝坊しちゃいましたと言葉を交わした。ひょっとして、墓石の妻がやきもち焼いたのだろうか。あのやきもち焼の妻が。ふと、今朝そんなことを思ってしまった。10歳年下の妻、可愛いやつ。

     

     浅田次郎の小説、「おもかげ」が第6章に入った。これから佳境に入っていく。恐らく、竹脇は死んでいくだろう。その時の奥様の気持ちが痛いほどに分かる。やっぱり、この本買わなきゃよかった。読むんじゃなかった。だけど今不思議、読み切ろうと思った。

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