店主日記

  • さとうきび畑 2024年07月07日

     森山良子の歌が聴きたくなった。もちろん「さとうきび畑」だ。今日の店主日記で、ざわわざわわざわわと書いたものだから急に聴きたくなった。そしてYouTubeで聴いた。歌う主人公の父は鉄の雨に打たれて死んでいった。悲しい歌だ。そして先日の6月23日は沖縄は「戦没者慰霊の日」だった。沖縄での、組織的戦闘が終わった日であるらしい。

     

     あの時、糸満市の摩文仁で石碑を見た。途方もなく多くの戦没者の、一人ひとりの名前が刻んであった。そう言えば、私の母の弟はあの戦争に従軍し、戦死したらしい。出兵して、一か月後だったそうだ。父も従軍して、戦後ほどなく帰って来たという。そんなことに思いが至った時、広島の平和記念公園で鳴くセミの声が聞こえてきた。長崎の鐘の歌が聞こえてきた。そして間もなく、終戦の日がやって来る。

  • 今年の最高気温 2024年07月04日

     お客様の来店があるかもしれない。だから昨日の定休日は近場でうろうろしていた。携帯への転送電話を受けてから20分くらいで事務所に着ける所、まず、秋鹿なぎさ公園に行った。駐車場の端っこから宍道湖を眺めると、湖面を走って来た熱風が顔をたたくような強さで吹き付けてきた。こりゃあ叶わんと車内でしばらく読書を楽しんだ。

    熊野大社

     

     その後、熊野大社に行ってみた。平日だからだろうが、閑散としていた。駐車場にも、参道にも、境内にも人っ子一人いなかった。いつもは少なくとも3~4人の参拝客と会うのだが、おみくじ売り場に巫女さんの姿も見えなかった。暑いからだろうが、私ひとりが独占することにした。こんな日もいいもんだと思った。何も考えず、何も気にせずぶらぶらと散策できた。池の、大きな錦鯉が近づいて来て、そして直ぐに背を向けた。ケチだって、見抜かれたのかもしれない。こいつは、エサもくれそうもないと。ああ、こんなにのんびりするの、何年振りだろう。

     

     蒸し暑かった夜をエアコンで何とか抜け出した。今日も暑い。事務所前を赤トンボの一群があっちへ行ったりこっちへ戻ったりとおもしろい。これから涼しい山に向かって行くのだろうか。そこで逞しくなって、秋口にまた平地に戻って来るのだろうか。私もトンボになってみたい。そして千の風と一緒に、あの大きな空を吹きわたってみたい。

  • 明日から7月 2024年06月30日

    カワラナデシコ 先日皮膚科で頂いた就寝前に飲む薬がよく効くのか昨夜はよく眠った。10時30分に眠って今朝の7時30分の目覚まし時計で目が覚めた。だけどまだ眠りたいな、もう少しいいかなと10分間睡魔との格闘。ひとり暮らしに慣れなくて、異様に早く目が覚めてた数年間が不思議にさへ思えるこの頃だ。

     

     今日で6月は終わる。ちょうど半年が終わったことになる。若い人たちには、やっと半年、とユウスゲ思う人もいるかもしれない。だが我々は違う。年々一年間が早く終わる気がする。坂を転がる雪だるまのように、時間を早く感じるその間隔が加速していく。ジェット機に乗った時のように、背中にGを強く感じてしまう。

     

     だけどそれと反比例するものがある。美しいものを美しいと感じる感性だ。名もない山野に咲く野草を見る時、なんて美しいのだろうと感じてしばし佇む時がある。人手を加えて畑に咲く園芸種もまた美しい。でも私は、人知れずひっそりと咲く山野草にあこがれてしまう。三瓶山に行きたいな。もう直ぐ、カワラナデシコも、ユウスゲも咲くに違いない。

  • 愛してるよ 2024年06月27日

     今朝、私が毎日つけている日記「かあちゃんの詩」のNO52が終わった。NOのひと括りはA4のペーパー10ページ分。だから明日からは530ページが始まるということになる。それを、私が亡くなった後も、子供たちに読ませてやりたいと思ってUSBメモリーに納めてある。

     

     妻が亡くなって4ヶ月目の月命日の夜、日記を書こうと決意した。2018年8月23日のことである。あくる日の24日に1ページを使ってその決意をしたためた。25日は妻の遺影に使った萩旅行の時写した写真、その時の思い出を書いている。そしてこの日記はいち日も途切れることなく今日に至っている。いつも三日坊主で終わる私の日記がもう6年近くも続いている。

     

    アジサイ2 昨日の店主日記に奥出雲町に向かったと書いた。ややこしい道程を走ったとも書いた。走りながら、妻との思い出に浸るためだ。それには車の少ない山道が適している。くねくねしていても私は構わない。それを意識せずとも、勝手にハンドルが動いてくれる。妻の車だったこの愛車は私と心がひとつになっているから。

     

     思い出は、途絶えることなく次から次へと巡っていった。懐かしすぎて、そして愛おしすぎて涙に変わった。途切れることなく瞼は濡れた。今ではその瞬間が嬉しい。そしてこの涙は後へと気持ちをひかなくなった。私は悲しみから立ち直ったのだと思った。そしてガクアジサイを見たとき、なんて美しいんだろうと素直に心から思えた。気持ちに余裕ができたのだと思った。今日のかあちゃんの詩日記の最後に、こう書いておいた。「愛してるよ。これからもずうっと、愛し続けるよ」。そして明日からNO53が始まる。 

  • ガクアジサイ 2024年06月26日

    アジサイ 出雲市の息子と会った後、よしと心を決めた。と言うよりなぜか奥出雲町に心が向かってしまう。なぜだろう。故郷ということもあるだろうが、会う人もいないのになぜか心がそちらを向いてしまう。掛合町を通った。吉田を通って奥出雲町の阿井地区に出た。なぜそんなややこしい道を、と思われるかもしれないが、なぜかそうなってしまう。

     

     先祖の墓参りをした。終わって駐車場に向かって歩いていると道端にガクアジサイを見つけた。なんて奇麗なんだろう。しばし見惚れてしまった。望遠レンズが欲しい所だが車の中に置いてある。駐車場へは遠い。じゃあスマホで。・・・なぜか私は紫色に魅かれてしまう。ネットで調べてみた。この色を好む人は、様々な種類の才能を見せる傾向にある、そうだ。えへ、本当かいな???。

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