店主日記
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雪が降っていた
2023年12月17日
寒い夜だった。朝起きてカーテンも開けずに朝食を済ませた。出勤の準備ができたのでリビングのカーテンを開けた。すでに外は明るくなっていた。寒い訳だと思った。空間に対する密度は薄いけれど、ふわりふわりと雪が風に舞っていた。落ちるでもなく、舞い上がるでもなく、いつまでもいつまでもふわりふわりと風に舞っていた。
昼前になったらぼたん雪に変わっていった。アスファルトに落ちるその雪は直径2センチもあるだろうか。それが止むと今度は粉雪が降ってきた。風があるので上空の温度も変化が早いのかもしれない。粉雪は、気温が低い証だとか。こんな天気の日には、先日行ったあの暖かだった尾道が恋しくなってくる。
写真は尾道の千光寺山ロープウエイ。その長さは365m。15分毎に出発して到着時間は3分。上りの到着地は千光寺山の頂上付近。展望台までエレベーターで昇れる。千光寺公園は、平成21年に「恋人の聖地」に認定されたらしい。恋人との展望は素敵だと思う。
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金曜日
2023年12月15日
良く寝た。目覚まし時計を7時にセットしたのに目が覚めたのが7時半。目覚まし時計はセットが解除してあった。無意識のうちに解除してしまったのだろう。なぜかこの頃よく眠る。むさぼるように眠ってしまう。不思議なぐらいよく眠る。
今日は、日本自閉症協会の、島根県支部の、その松江分会とでも言おうか、「あじさいの会」の集まりがあった。久し振りに行ってみようと思った。今年最後の会合に行ってみようと思った。会場に到着したら、すでに二人の姿があった。集まったのは、私を含め、6人ほど。
大方のあじさいの会の本題が終わると、後は雑談となった。皆、歳をとった。私の他は、女性ばかり。だが、歳をとると女性とも話が合う。近況、思い出の話。この会のメンバーとは、もう30年ほどの付き合いになる。その中のある人が言った。再婚しないのって。しないよ、と言ってスマホに保存してある私と妻とふたりで写った結婚式の写真を見せた。美男美女でしょ、と言って。「よっぽど奥さんと仲良かったんだね」そうだよ。大恋愛だったんだよ。
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展望台
2023年12月11日
本通り商店街を歩いてみた。小物を売っている店に何店舗かに入ってみた。買うのでもない。なんとなく品物を見て、そしてぶらっと出て行く。店の人にとってはつまらないお客かもしれない。だが、さくらにはなるかもしれないと罪意識を和らげてみた。
そろそろ帰ろ。ロープウエイの片道切符を2枚買った。定員30人と書いてある乗り物には20人近くが乗っていた。30人は無理だろうと思った。発車時間直前だったからロープウエイはすぐに動き出した。なぎさ、この前と同じ風景だね。何も変わっちゃいないね。尾道にはたくさんの寺があって、その、それぞれの屋根の瓦だけが妙に輝いて見えた。
3分ほどで千光寺山の頂付近に到着した。妻が展望台に行ってみようよと言った。満員のエレベーターに乗り込んで展望台に立った。この展望台、以前来た時にはなかったのにね、と妻が言う。そうだね、初めてだね、それにしても眺めがいいね。向島の向こうの海や、そこに浮かぶ島々がよく見えた。すばらしいわ。来て良かったね、と妻。黄砂だろうか、風景は霞んでいたが絶景には間違いなかった。なぎさ、楽しかったね。また一緒に来ようね。俺は、君といるのが一番楽しいんだから。
解説
この3日間の店主日記、読まれた人は奇異に感じられたのかもしれない。ひょっとしたら作者は・・・と思われた人もいるかもしれない。妻が亡くなって、もう5年と7カ月余りが過ぎた。もう、悲しみとさよならしてもいい頃だろうに。だが、妻への思いは一層深まっていく。
朝起きたら、枕元の妻の写真にお早うと言って頬ずりする。出勤前に、じゃあ行ってくるねと手を振って玄関を後にする。帰るとすぐ、玄関から帰ったよって声をかける。何をするにも妻と話すことにしている。忘れてしまえばいいものを、あえてこうすることで心が和む。これが私のこの頃の日常だ。仕事でも、家にいる時も、ドライブを楽しむ時でもいつもそう。だから、これが日常の店主日記なのである。
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尾道ラーメン
2023年12月10日
とうとう、時任謙作が過ごした三軒の小さな棟割長屋は見つけることができなかった。小路の石垣の傍らに貼られた、観光案内用地図にも、志賀直哉の字は見つけられなかった。がっかりして少し下った。坂道と尾道の商店街を隔てる国道に突き当たった。時刻は昼を過ぎてもう1時になっていた。
尾道ラーメンを食べようと、そう言ってやって来た尾道の商店街を歩いた。この前、妻とふたりで食べたラーメン店はお好み焼き屋の看板に替わっていた。するとどうだ、良い店を知っているかのように妻は私をリードして歩きだした。見つけたわ、行きつけの店を。そう言って妻は先に入って行った。その店は海岸にほど近い場所にあった。名は「牛ちゃん」。赤い暖簾に、尾道ラーメンと焼き肉の文字が刻んであった。
どうして尾道に妻の行きつけがあるのだろう。不思議な気がした。だが、そんなこともあるかもしれないと思った。天国から、娘が住む尾道に時々遊びに来ていたのかもしれない。そう思った。店内の作りを見て、私もここには来たことがあったなと、思い出した。娘に連れられて一度だけ来たことがある。そうか、娘は、この店に何度か妻を連れて来ていたんだ。
妻との食事は、飲食店では自発的にメニューを選んだことがない。妻がこれにすると言うと、じゃあ俺も。いつもそうだった。ここでも、妻がこれにしようと言った。尾道ラーメンの麺大盛りだ。濃い醤油色のスープに大きなチャーシューが麺を隠していた。その周りに背油が浮いていた。そこへネギが添えてあった。
懐かしかった。妻とふたりで食べる尾道ラーメンはより美味しく思えた。松江のラーメンより味は濃いかもしれない。海に働く男たちに合わせた濃い味なのだろう。スープを吸ってみたら潮騒が聞こえるような気がした。この店で働く若い人たちの顔立ちは皆凛々しかった。のんびりしていたら、海の仕事なんかできやしない。そのDNAなのかもしれないと、そんなことを思いながら食べた。
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尾道に
2023年12月09日
待ちに待った12月8日がやって来た。今日のために、明日のアパートの鍵渡しの準備も昨日終えておいた。打ち合わせがありそうな業者には8日は外すよう連絡をしておいた。緊急のための電話の転送も忘れてはいない。今日でなくてはならない理由は、私個人のある思いだから触れぬ。いつものように千光寺公園駐車場に車を停めた。なぎさ、着いたよ。一緒に歩こうな、この前のように。
陣幕久五郎の手形の前の岩の上から尾道の町並みを眺めた。なぎさ、気を付けろ、危ないから。この岩には、大阪城築城に使おうとした石切りの痕跡が残されていた。しばらくして、千光寺に行った。入り口にあるドングリの木の実がポトリと音を立てて落ちた。恋人時代のあのふざけ合いを思い出した。それを拾って前を歩く妻の頭にぶつけてみた。痛いと言って振り向いたその顔は笑っていた。なぎさ、君もあれをしてみるかい。大きな数珠を若い女性が回していた。何とかと唱えながら回すと願いが叶うらしい。
千光寺を後にして、あの坂道を下った。確かこの辺りだったと思うが、見当たらない。志賀直哉の唯一の長編小説、暗夜行路。時任謙作が住まっていた棟割長屋が。せっかく、文庫本のコピーを持って来たのに。そこから、謙作が大正時代に見た尾道の風景。その描写を、妻に読み聞かせてあげようと思っていたのに。
後で、千光寺山ロープウエイの切符売り場にある観光案内所で聞いてみた。今、その長屋は一般公開していないらしい。千光寺公園ガイドマップにもその記載はない。だが、私は妻と一緒にあの雰囲気を味わってみたかった。4年前だったか、長女と一緒に行ったあの雰囲気を。・・・ ・・・後日に続く。